村上原基人生勉強会(本所:京都市伏見区) 自分を知る、自分を取り戻す、人生を豊かにする
 人生を知る 人生を真剣に考える まず捨てることから 捨て切る ⇒ 自分自身の人生を再出発する
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 人生勉強 村上原基人生勉強会 成長より成熟     MKJB
”悟”とはすごく偉い僧侶がさんざ座禅や厳しい修行を、暮らしを正して、やっとのことで得るもの、
素人には到底不可能だと思い込み過ぎないこと、むしろ凡人・多くの一般人ほど必死に悟りを求めて欲しい
立派な悟りでなくてもいい、悟りに半歩・一歩近づくような気持ちが大切なのだ、
私は
”ミニ悟り”と称して、少しでいいから自分をいつも悟りに近づくように暮らしている。
凡人の悟りには段階があって良い、少しづつ階段を登って行けばよい
ほんのごく僅かでも近づきを実感した日は、随分と楽しいし喜びに満ちている、
貧乏人がある日、偶然に千円や一万円を拾ったり、貰ったりするようなものだ

 一度、原点まできちんと戻り・人間や既成概念を離れ・都会を離れ・便利さも捨て、そして基本から見直す
 人生を一生歩んで行くと言うのに、人生の道筋について、ほとんど考えていない、放置、ほったらかしだ
 嘘・誤魔化しのほうが、楽なように錯覚するが、嘘・誤魔化しを積み重ねるほど、困難でつらいものはない
 どうしても嘘・誤魔化しを捨て切れない者は、嘘・誤魔化しのために、人生を諦め、捨てる以外に道はない
 いかなる問題も必ず解決する、解決できない理由は
   @解決しようとする意志がない A解決を始めない B解決が続かない

人は問題にどう向き合うか? 問題解決から逃げない、 一生は自分による問題解決
 @問題点を問題と認識しようとしない
 A問題点の影響、将来的な重大な結果を無視する、考えようとしない
 B問題点を問題であることを否定する
 C問題点を解決しようとする意志や気力がない
 D問題点を周囲から指摘されてもむしろ反発する
 E問題点を解決するどころかどんどんこじらせてどん底にはまってしまう
 F問題点を他人や社会や自分以外のせいにしてしまう
 G問題点を原因追究が苦手、浅い、極めていい加減
 H問題点の根本解決を先延ばしする
 I問題点がどんどん大きく、複雑になり、手に負えなくなる
 J問題点を改善する対策を決めて実施するがあくまで暫定的である
 K問題点を改善する対策を決めて実施するが長続きしない

もっと真っ正直に、真正面から問題にぶつかり、根本的な解決に向かってひた走る
問題は一つ二つではない無限にあるから一生かかってもまだ足りない、
嘘誤魔化しで時を無駄に過ごしてはならない
現代人は自ら問題を解決しようとするのではなく、避ける、楽しようとする、誰かに解決を依存する

問題は人生の曲がり角で次々に様相を変えて発生してくる
 @人間として元々生まれながらに持っている問題(どんな親の子に生まれるか?という問題)
 A6歳頃までに発生する問題(三つ子の魂百までという、良き魂を植え付けられるのか)
 B学校教育中で発生する問題(はたして学校は先生は何を与えているのか、先生って本当に先生なのか)
 C成人付近(20歳前後)に発生する問題(男女、性問題)
 D会社や仕事など社会に出て発生する問題(食う・暮らす・資質・人間関係)
 E結婚し家庭を持って以降に発生する問題(果たして親として人間として大丈夫なのか)
 F親になってから発生する問題(子育て、教育、経済、夫婦関係、家族絆)
 G大きな災難を受けて発生する問題(事故・事件・災害・病気・ストレス)
 H故郷や親元を離れて以降に発生する問題(孤立)
 I会社退職や連れ合いの病気や死などに遭遇してからの問題(根本問題・孤立・生活困窮・蓄え)
 J高齢期の問題(どんどん問題は根深くなっていく)
 K死期が迫ってから発生する問題(問題はどんどん解決困難になって諦めの境地になっていく)

人間は生まれる前からすでに親の影響を受けざるを得ない、親がどう生きてきたかである
その親は育ってきた過程において、自分たちの受けた環境の影響を引きずっている
親が育った環境が良好で、健康で了見がよければ、生まれる子供も幸いにも良い星の下に生まれたことになるが、
親の育った環境が劣悪で不健康で了見が悪ければ、生まれる子供も最初から躓くことになるのである
一般的にそれほど優秀な人間=優秀な親というのは少ない(生まれて以降、人間はどちらかというと堕落していく)
嘘誤魔化しの社会の環境において暮らした親は基本的に嘘誤魔化しの人間でしかない、
その親なり先生なり先輩に受けた教育なんてものは所詮嘘誤魔化しにしか過ぎない、
単に問題が親から子へ、先生から生徒にへ、先輩から後輩へ、伝達されるだけなのだ
驚くことに、教育の90%は実は嘘誤魔化しに過ぎないのだ
それが証拠には現代の都会の人間は常に苦しみ、悩み、迷い続け、一生かかってもその闇から抜け出すことは出来ない

それでも
若い者の若いときの悩みなんてのは問題も小さいし、たいしたこともない
だから偉そうに若者が親や年配者を批判してはならない
というのは、若い時に比べてみると環境は悪化し生きることはどんどん苦しく、空しく、悩深くなっていく
歳とともに問題は、更に複雑かつ大きくなり、解決困難化して人を悩まし続ける
歳を重ねるにつれ人間は成長することはない,徒に歳を重ねるだけ、悩みを増やすだけなのだ
人生とは時々の問題を障害物競争のように、仕掛けられた障害物を的確に乗り越えるようなものなのだ
大きく多い障害物に行く手を遮られ、ついに絶望に陥り、乗り越えるのを諦めるようになってしまう
そんな最悪な事態になるときになって
やっと真面目に自分の人生のことを深く追及するのだが、
便利で豊で嘘誤魔化しの都会で暮らし続けてきた人間に、簡単に解決の糸口でさえも見つかるものでない
特に最近の若者や子供は、携帯、メール、スマホ、ゲームに四六時中熱中する、そんな人に是非山暮らしを勧めたいものだ
意外とワンダフルなんてことになるかもしれない

  大事なことは、一体何歳で、どの段階で、どんなきっかけで、抜本的に自分を見直せるかなのだ
    親や先生や先輩の教えられことで良しとせず、自然に弟子入りし抜本的に教えを受け直すべきなのだ
      そして、私なりに考えて、望ましいことは、数年山でひっそり暮らしてみること
        ところが、そんなことですら、現代人には到底出来ないことなのである


問題の本質は、自分の生まれて以来の環境である、自分自身であるより自分は環境の処産である

  人間は日々暮らす環境に大きな影響を受け、環境にどっぷり漬かって生き続ける生き物に過ぎない
  自分らしくなんて言っても、所詮、与えられた環境に染まっており、環境に大きく依存しすぎている
  与えられた環境の影響をあまりに強く受けていて、自分を見失い、ただただ夢遊病者のようにさ迷うだけ、
  望ましい環境とか、望ましくない環境とか言う問題の以前に過去および現在の環境からの束縛から解き放たれなけれなんらない
  にも拘わらず人間は自分に及ぼされる環境の影響を評価分析し、真剣に、真面目に、深く考察しようとしない

  例えば、私は、幸か不幸か生活の場である住まいを
  東京→大阪→京都→滋賀(山)→滋賀(田舎郊外)のように環境を変えることは大事なのだ
  また会社も
  松下電器→エンゼル工業→ローム→テクノ経営→自営と環境を変化させてきた

  いろいろな環境に変えて生きることで、様々な環境で学び、環境からの呪縛から解き放たれ、自分を取り戻すべきだ
  いろいろな環境で自分を眺め治すべきなのだ、
  都会の便利で豊で嘘誤魔化しの社会だけで暮らし続けるとどうなるかは考えるまでもない
  
  私は「人生は問題解決だ」と考えているが問題は環境への過剰な依存自身が本質的原因であることが多い
  ところで
  環境とは場所だけではない、町・自然・組織・時代・天候・災害・食・人・教育・習慣・しきたり・法律・文化・家庭・・・・・
  非常に雑多なものが環境である

  環境は良い環境と悪い環境などと二元対立的に大雑把に分類してはならない、もっと雑多なものなのだ
  環境とは人生をかけて味わうべき最も価値あるものなのだ、
  ただし
  観光旅行のようにたった一日二日であれこれ環境を変えて分かったように思うのは愚の骨頂である
  せいぜい石の上にも10年だろう、環境も10年は暮らし続けて欲しい
  年に数回京都観光しても京都のことは1%も理解できない、せめて私のように20〜30年はどっしり暮らすべきだ
  環境とは限られた一生で、そう沢山経験できるものではない
  だからこそ10年一区切りで環境を変えてみるべきだと思う

  いろいろな環境の中でも、是非、私のように、又は僧侶のように山奥で10年ひっそり暮らして欲しい
  今の環境の正反対の環境に、あえて飛び込む勇気こそ実に大切である。
  目下の私の状況は、現代の都会的な人々の中で浮いてしまっているが、それで良いと言い聞かせている
  断じてお金や便利さだけで、環境を選んではならない、心地よいからと同じ環境に甘んじていてはならない
       「住めば都」ではなく「住めば山奥」
  都会の人を見ていると、悪しき環境や習慣に深く染まってどうでもよいことに一喜一憂する姿に驚く
  パソコンの画面のように、一旦全体を思い切りクリヤーし全く新たな一歩を踏み出すべきなのだ

  以上のようなことを私が言ってもかなり有能な人でも全く意に還さない人が大半だ
  その理由は便利で豊かな、さも快適な都会暮らしに完全埋没してしまった姿を見直し反省する意志の欠如なのだ
  ”幸せならばそれで良い主義”=”もし不幸になったら政治や経営者や親に文句言う主義”なのだ
  何らの主体性もない、主体性の欠けらすらない
  肥溜めにハマって、「良い風呂じゃ」と言っているお大臣様みたいなものだ

人間はとにかく、嘘つき・誤魔化し・直せない・捨てられない・だらし無い・さみしがり屋
 気付かない・恐れない・受け入れない・益々堕落し・ボケていく・悩み苦しみ老いていく
 際限なく嘘誤魔化しは進み、ついにごみ屋敷のように大量の腐りきった嘘誤魔化しで埋まってしまう

 ⇒だから何を言ってもやっても良くはならないどころか、むしろどんどん悪くなってしまう


 素晴らしい可能性のある人間に生まれたのに、犬畜生の道を歩み続けて一生を苦しみ悩み悶え終える
 人間が考えるとは安定しないことだ、考えないほうが安定するが、人間は良くも悪しくも考える生き物だ
 考えるのは大事だが、考え方を誤った多くの人間は、大きな副作用で、むしろ苦しみ悩み身を滅ぼす
 世間の人とあまり交わったらいかん、人間なんて皆いい加減だから、交わっても悪くなるだけだ

 占い・医者・宗教・賭け事・酒・麻薬・嘘・誤魔化し・言い訳に依存し解決を誤魔化していないか?楽を選ぶのが習慣になっている
 幾ら沢山本を読んでも・考え方を深めても、自分を取り巻く環境や日々の暮らしぶりや修養が出来てなければ少しも進展しやしない
 昔は当たり前だった修行とか隠遁とかいうことを現代人はしなくなった  ⇒ だから本質がわからないで苦しみ、悩む
 インターネットや読書やインチキ宗教なんかでは到底解決できないのに、安易なやり方を求める

 やたら難しい理論ばかり振り回し、欲張りで嘘つきでやっていることはやたらに貧相でお粗末なんてことだ

きっかけ 弱さの自覚 素養・素質 意識改革と認識 継続 相談

・問題に気付け ⇒生きざまを分析し ⇒決断せよ ⇒即実行・継続せよ ⇒安心し、自信を得よ

  自力解決できない・きちんと解決したい場合  助けを求める ⇒放置せず ⇒早期発見治療

   人生に関する基本講演や勉強会講師 ⇒ ご要望下さい(有料) 但し、少人数や学生さん等は無料で可

A総合相談 まず数か月かけて、
家の徹底した整理整頓清掃、禁煙・節酒・節食と早寝早起きをやってから要請下さい
 ※上記を入門条件にします(あくまで解決するのは、自分自身であることを忘れないで下さい)
B個別課題相談 具体的に問題が絞られている場合、随時相談に対応
 ※問題点や状況を事前に自分で真剣に掘り下げ、きちんと纏めておいて下さい
C自由懇談  自由に人生について、深く論じ合う、確認し合う(中級・上級者)
 ※お気軽にどうぞ、   但し あまりに高度過ぎる高次元の理論などは、ご容赦下さい

  簡単に直ぐに解決できるようなものではない、時間をかけ真面目に一生取り組むことだ
  問題解決は自分でやる、自分がしんどい思いをしなければ何一つ根本解決できない
  面倒や苦難や手間を惜しむな、人生問題を他人まかせにするな、問題解決の鍵は自立だ


  決まっているか?自分の人生の姿・形をどうするのか?
 あまりにお粗末な行き当たりばったり・おまかせの人生設計
 人生とは何かを教えられたことも・深く考えたこともない
 一方であまりに狭い・浅い・小さい人間が増加している
 だからあるのは、苦難・不安・依存・逃避・絶望だけだ


 自分・生き方・社会・時代を根本から疑ったことがあるか、自分としてきちんと納得できたのか?
 現代人は横着になった・だらしなくなった・小さくなっていく・大事な能力を次々に喪失していく

 人間であるために、日本人であるために、自分であるために、かえって真実が観えなくなっている
 真剣に観ようとしていない、観えていると思いこんでいる、心や目が曇っている、歪んでいる
 詰込むな・捨ててみよ・無色透明・空白にしてみよ・孤独に置いてみよ、じーっと静かにしろ

  悟るというのはかなりの高僧が長年のつらい修行の後に突如開けるもののように言われている。
  凡人は、そんな難しいことは凡人には無理だと信じ込み悟ること又は覚ることさえ断念してしまう。
  だから世の中はどんどん殺伐として来る。凡人ほど悟る・覚ることを一生懸命に求めるべきなのに、
  困ったことだ、私はミニ覚りで良いと思っている。少しだけの覚りも開けず老い、死んでいくのは悲しい。
  少なくともミニ覚りくらい開きたいという思いは持っべきである
  難しく考えるな、何でもいいからできることからやって行けば良いのだ、
  すごく悟った坊主より、ミニ覚りの私のほうが、よっぽどましかもしれない・・・?
  そのためには私のように長年山で暮らすことも、良ろしいと私なりに思っているのですが??
縮小繁栄
自然繁栄
「猫型な生き方+犬的な生き方」をイメージして暮す 人間は嘘つきで、おどおどし、自信もなく落ち着きがなく
其の割に 傲慢で窮屈で好きになれない
回帰繁栄

人からは嘘・誤魔化しと愚かさを学べ ・自然からは真理、神の意思を学べ ・歴史文化からは知恵を学べ
自然に戻れない、触れない人間は、幸福を求め続けるが、永遠に悩み苦しむ人生を歩みつづけるのだ


   都会は仮の場所、都会は嘘誤魔化しの場所、
     都会は楽だ「住めば都」なんて言っていてはいけない、
       極論すれば、都会に暮らす人を安易に信じてはならない


   多くの人を山にお誘いするが、実際にわざわざ手間暇かけて来る人そのものが少ないのだが
   都会から友人知人がやってきて山菜採りやバーべキューで山の一日を楽しんだ後
   友人達「今日は楽しかったです、それでは、そろそろ帰ります、ありがとうございました」
   そんな時、いつも私は思う「あんたがた、一体どこに帰るって言うのかい?」
   多分私がそう思うのは東京〜大阪〜京都の都会暮らしの後16年も山で暮したせいであろう
   「あんたらは今朝この山に帰ってきたばかりじゃなかったのかい?」私はそう思うのだ
   「いえいえ、俺たちは今朝この山にやって来たんだ」「暗くなってきたから、帰るだけですよ」と言う
   「いやいや、それは大間違いだよ、帰るんじゃなくて、都会に出て行ってたんだから、帰る必要はない」

   昔は自動車も家電もコンビニもほとんど何もなかった、現代はあるのが当然のようだが、
   本来は自分の足と手でやるんだ自動車も家電も携帯もネットも皆、本来はない仮のものなんだ
   政治や役所や医者やコンビニ、あらゆることを支えてくれるが、それも当然のことではない
   ”山から都会へ”同様に自給自足・自立・人の手足から便利な道具やサービス依存に、移り住んでしまった
   現代人は全てにおいて、引き返すことのできない虚構の状況に自分を追い込んでいるのである
   一度入ると抜けられない仕掛けに喜んで入ってしまうウナギやアナゴのように

   都会が本来自分達の住むべき場所と強く認識し過ぎてしまっている、山などは全く眼中にない
   何故か、騒がしい・汚い・臭い・狭い・潤いのない・ストレスに満ちた都会に引き篭もりたいのである

   その理由が何とも、くだらないことなのだ
   ・友人と逢えない・つまらない・不便・虫が嫌・店がない・田舎ぽい・大病院がない・・・・
   そんな次元の低いどうでもよいことで人生を多くの苦悩を味わって生きていく⇒すっぱり考えを変えよ

   何かとんでもなく間違っている、嘘誤魔化しにどっぷり浸かっている
   山で10年ひっそり暮らしてみなさい、全く新しい楽しい人生感が開けてくる

 

   「あんたらは、わざわざ都会に帰る必要なんかない、元々ここ山の中に住んでいたんだよ、忘れたのかい?」
   「せめて今日ぐらい、一日くらいは、久しぶりに、ここ故郷でゆっくり泊まっていけばいいのに」
   帰る必要もないのに「帰る帰る」と騒ぎ立てる、喚きたてる人々
   本人は、何か急いで帰らないといけない重要な事情があると心底思い込んでいる
   この山に大層立派な別荘をお持ちの人々も同様に日帰りの人が多い、永住組は私を含めて僅かだ
   一万〜二万坪くらいの山が数人で贅沢に占有されているに過ぎない
   お店も明りもない暗い寂しい夜の山なんかに一日いることが到底受容できそうもないと強く思っている
   「今日は山で一日ゆったり過ごせて、ものすごく幸せだった」と思っているのは確かだが、それだけ
   なぜか、そわそわして早く都会に帰りたいらしいのだ、私としてはせつなさと滑稽さを禁じえない
   大人よりむしろ子供のほうが帰りたがらないで落ち着いている
   都会から来た大人どもは「良かった」と思う半面、夜が近づくと、なぜか落ち着かない
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   どうやら日本人は遊ぶときも、ゆったりするときも基本的に働いているようだ
   一日中休まず働き続ける農民だった証かもしれない、頭も手足も決して休んでない
   酒飲むときなんかも何かせわしない、そして強い固定観念や依存体質にも発展するのだろうか

   おもてなし、親切、ルール守る優等生の日本人も、現実はチマチマ・セコセコ・アクセクが実態である
   もっとどっしりとした堂々、はきはき、明快な自然感を深く持った日本人でいて欲しい


   現代人は、あらゆる面で本来自分が帰るべき場所を完全に忘れている、失っている
   高度成長期、故郷を出て東京や大阪に大量に若者が流出したのが、そもそものきっかけだった
   彼等の帰る場所は今住んでいる所や家しかなく、とりあえず身近なものに逃げ込むヤドカリだ
   現代人は皆ヤドカリなんだ,ヤドカリに成り下がった ⇒ 改めて、脱依存・自立が必要だ
   ヤドカリという蟹がいるが、現代人は全員ヤドカリ人であり、借り物、依存、自己喪失に陥っている
   ヤドカリ人は勉強した、成長した、豊になった等と言うが、借り物、依存であって、何の意味も価値もない
   やがては、むなしく崩壊する砂の楼閣に過ぎない
   一度、まずは本来の家に戻って勉強なり成長しないと、人間として時間の無駄使いに過ぎない

   算盤で「ご破算に願いましては」というのがあるが、現代はご破算に願うことが大事だ、急務なのだ
   今年、山での4〜11月はインターネットを止めた,止めてみると案外やめられるものだ
   これ以外にも最近、着実に断捨離:「ご破算に願いましては」を実施しているが効果は絶大だ
   昭和の戦後20年以降までは、田舎・自然・山に暮らす人は圧倒的に多かったが、
   経済成長という素晴らしい状況が皮肉にも人間を本来の家から追い出し、ヤドカリ人間に駆り立ててきた
   急速に物凄い勢いで都会に移り住むことになってしまい、今も田舎・山からの脱出の勢いは止まらない
   多くの人が一騎に同じ行動をすることは危険信号だ、ついに限界集落なんてものが生まれた
   私に言わしてもらえば、限界集落なのは都会のほうなんだ、人もお金もシステムも崩壊寸前だ
   むしろ長い目でみれば山のほうが遥かに健全集落であることに気づくべきなのだ
 
   限界集落というより、大半の人間が逃げ出した巨大廃墟なのだ、見捨てられた地である
   そういうことに、するどく警告を発する人は少ないために、限界集落が改善されることはない
   しかし、そんな惨めな山奥の限界集落にひっそり暮す人が僅かでもいるのがせめてもの望みかもしれない
   現代には、このような見捨てられた状況があまりにも多過ぎる、それらの間違いに一向に気づかない
   大量のネズミが大挙して町からどこともなく同じ方向に集団で暴走・逃避行するのと似ている

   全員平常心を失い、精神病院患者様状態・総ヒステリー行動状態になってしまうのは怖い
   現代には”集団的な大勘違い”の怖さが存在することが最近私にもわかってきた
   しかも完璧な間違いなので、かえって気付かない、完璧に騙されてしまっている
   かつて歴史に国民全員が、明らかない間違いに突き進んだ不幸な事例が沢山あった
   精神病院の患者さんに言うように「あのな、あんたの家はここなんだよ」みたいなことなのだ
   自分自身がわからなくなっている、自分の状況も全くわからなくなってっているのだ
   自分はこうだ、自分の状況はこうだと、大きな力によって思い込まされているに過ぎない
   是非、今の状況を根本から疑ってみて欲しい、そして勇気を出して本来の場所に戻って欲しい
   そうしないと、ヒステリーな大集団は断崖絶壁の崖淵をめがけて突進をやめようとしないだろう

   「村上さん、そうだ山こそが本来の我が家だ、都会に帰る必要は全くないなー」と言って欲しいものだ
   自分の本来の家を見失った人の心は不安で満ちている、絶対に安心や自信を確立することはできない
   人は、又は生き物は、自分が根をはる場所に根を降ろすべきなんだ
   山暮らしをして きた私にとっては、コンクリートとやアスファルトの上に根を降ろすべき生き物とは思えない
   「人間は都会に住むべきだ」なんて誰が真面目に信じられますか?
   都会=狭い、煩い、汚い、臭い、窮屈、怖い、孤立、冷たい、無機質、争い、依存
   ところが現実は住むのは都会なんですねー、なぜ

去るものは追わず、来るものは拒まず
この諺は、人が来る・去るだけでなく、色々なことに言える、私は日常の全ての自分の行為に適用している。
現代の都会暮らしの人々は去るを遮二無二追い求め、来るものを鬱陶しいと拒む傾向が強い、
例えば、不便や苦難なんてのは、ほとんどの人間が頭ごなしに毛嫌いする面倒だからと周囲の人と挨拶も会話もしない
自分の行為を振り返ってみて下さい、自分の欲しいものは貪欲に取り込もうと焦り、
自分にとって面倒なものは、遠ざけ、一切合切、拒絶する ⇒ 最近の私のようにその逆が出来ない、
どうしたらこの現代病を治すことが出来るのだろうか?昔はそんなことは全くなかった、今の私と同じ状況であった

私は18年の山奥暮らしで体得したが、まさに予期せぬ、求めもしなかった豊かな恵みであったと思っている、
まさに昔の日本人の暮らしそのもので18年暮らしたせいなんだろうと推察している
戦後、急速な民主化や経済発展によって全く失ってしまったものだ、欧米化の思わぬ落し物であったのだ

それにしても面倒や嫌いなものを避けるというのが元凶なんだろうが、そんな些細なことさえも
治すことは禁煙以上に困難なことを実感している。
私は私の体験をミニ悟りと称しているが昔の自分に比べるとなんとも爽やかで穏やかで愉快な気分である。

   人間とは生まれ育った環境で、年齢とともに多くの固定観念に縛られて生きている
   固定観念には1.自分が納得してしまっているもの 2.逆に納得せず逃れたいもの
   の二つがある前者1.の場合はかなり強く、しっかり、縛りつけられている
   都会に住むというのはその典型なのだ、ほとんど疑問を持ってない
   ”疑問をもたずに頭ごなしに受け入れてしまっている”っていうことは恐ろしいことですよ,悲しいことです

 不動、不言、不欲、不悪、不嘘、不楽、不惑、不便、不快、不怠、不忙、不贅、不争、不満、不悩
 嘘誤魔化しの自分  間違いだらけの自分  怠惰な自分  依存だらけの自分  捨てられない自分
 自分の口から出るのは責任転嫁「世間が悪い 上司が悪い 親が悪い 妻が悪い 政治が悪い」
 くよくよ考え悩む、原因を自分以外に求める、他人のせいにする、決断しない、徒に日が経っていく

  鬱病の人やその家族、会社や学校で悩んでいる人よ、ゆっくり話す相手・相談相手がいますか?
  やれ便利で豊かだと言っても、実態は地獄のような都会で、あくせく追い詰められて暮らしていれば、
  うつ病にならないほうがおかしい
  むしろ、鬱病の人ほど真っ当かもしれない、でも鬱病に負かされてはならない、自分を自らどん底の闇夜に
  葬り去ってはならない
  自由で民主的で平和で文明の恩恵にどっぷり浴して、幸せなはずが、一向にそういう実感が湧かず、
  苦しんでいるのは何故か

  現代人はほとんど潜在的なうつ病患者だ、「私はうつ病なんかじゃない」なんて人も例外でない
  人間の社会は云わば地獄であり、地獄で生き抜くのは大変なことであり、よほどの覚悟や辛さに耐える力と
  しっかりとした人生観が必要
  あまりに馬鹿正直な事ばかり言ったりやったりしても地獄では通用しない、がしかし、地獄の様な生き方だけを
  していてはならない

  政治も企業経営も家族も教育もスポーツも皆共通して大事なことは”人、人の生き方、人生の姿勢”
  苦とは自分の思い通りにならないこと、楽とは自分の思い通りになること⇒苦を避けるより自分を磨くこと
  ”自分の思い通り”が高く、多ければ、苦しみは多くなる。苦の原因は自分の思いにあるのだ
  恵まれ過ぎた人ほど、むしろ苦が多い、苦を味わい、苦と向き合い、苦に飲み込まれないようにすべきだ
  逃げているから、関心がないから、見掛けの幸せを求めるから、むしろますます苦しく、つらくなっていく
 国・地域で全く異なる既存のルールがあるがグローバル化時代はルールも時と場所により自在に変えるべきだ

汚れ切った自分を洗い直せ 自然の声を聴く+自然の恵みを知る+自然に従う
「自分が自分が」が自分を小さく不幸にする。
小ぽけな自分を捨てる

  ・人からは嘘・誤魔化しと愚かさを学べ ・自然からは真理、神の意思を学べ ・歴史文化からは知恵を学べ
   自然に戻れない、触れない人間は、幸福を求め続けるが、永遠に悩み苦しむ人生を歩みつづけるのだ

大小4つの会社に転職しコンサルタント自営で多くの会社さんとお付合したが、伸びる会社は社員の目つきや意気込みが違う。ISO14001環境マネジメントシステム支援一つにしても、社員が凄まじい迫力で取組む会社は、いつ迄も着実に伸びて行く。目つきや意気込みの薄い・弱い会社は秀才が多くても、早晩駄目になる、経営者も親も大事なことは人を強く育てることだ。秀才を集めることでも、人を甘やかすことでも、脅かすことでも、尻たたくことでも、ましてや無関心で放置することでもない、過剰な干渉を控え、自主性を尊重し、自立・自律させしっかりした逞しい人間にすることが人材育成の鍵
・     国家も会社も府県も家庭も、拡大繁栄は止める ⇒ 縮小繁栄へ思い切り切り返る

 行き過ぎた文明は確実に崩壊する⇒その理由は⇒全てが嘘・誤魔化しで固められているからである
 国民も政治家も経営者も親も皆、いかにうまく嘘・誤魔化しをつくかを考え、教えるようになってしまうのだ

@人は元来、無一物でこの世に生まれる
A俗世間に出て、嘘・誤魔化しにまみれる

B歳月とともに望んで多くの無用な重荷を背負う
 溜まれば溜まるほど、むしろどんどん欲しがる
C財・富・権力・名声を蓄え、有頂天になる
D世界一成功者・幸せ者と思い込み、誇示する

E他方、財・富・権力を蓄えられない人も多い
F他人を妬み、自分を不幸な者と悩み、苦しむ日々
Gしかしどちらも、やがて知力・体力が落ち始める

H確実に財・富・権力も色褪せ、空虚な昔を振返る
I財・権力を誇った者も、すっかり老い床に臥す日々
J貧乏で力のない者は、むしろ失うものはあまりない 
 失うものの量は多くても、大した碌なものはない

Kそうなのだ、どちらにしろ最後は無に戻っていく
L人は生まれたときも、老いたときも公平だった
M人の一生を財・富・権力の高で誇り・憂うことはない
N無駄・無用なものを背負って一生を暮すのは愚か
O多くの無駄を手にすれば、失うのもつらくなる

P無駄なものを手にしない者は、失うつらさも少ない
Qなんのことはない、一生無で生きるほうがましだ
R財・富・権力を蓄えた者を羨むべきでもない
S憐れむべきは、そういう人間であることを知るべし

無駄なこと・無駄を好むこと、無駄にまみれること
嘘・誤魔化しや無駄は、所詮、無駄・無益に過ぎない
金も権力も地位も部屋も押入れも少ない・狭いが良い
自分が日々得ようとしているもの例えば幸福になりたいとか
あれが欲しい、これが欲しい。そういう欲は尽きない、
得ればまた欲しくなる。
よく考えればそういうものは皆無駄・無用なものに過ぎない
部屋に溜まっていく無用無駄な物と同じだ。

しかし人間は財・富・権力を蓄えたがる。どうでもいいものを
沢山蓄え、失うまいと懸命になる愚かしい人生
他方そうなれなかった人は、財・富・権力を蓄えた者を羨む
実に愚かしい

若者はいたしかたないとして、60歳も過ぎた高齢者が
相変わらず無用な重い荷物を背負たまま、
苦しんで足掻いている姿はなんとも、あさましいかぎりだ
長年無制限に取り込み、害毒にさえなっていたものを一挙に
取除いてしまえば、ある意味物凄い
害毒が半端ないほど劣悪なのに捨てようとせず、
むしろ更にため込む。暇があれば買い物し、動き廻る
取込むことが悪いことだという認識が完全に欠如・欠落している
取込むことがすごく良いことだという認識で凝り固まっている
まさしく最近のごみ屋敷そのものである。
傍から見たら馬鹿馬鹿しい
ごみは溜まるほど、捨てようとはせず、むしろ更にため込もうとする

完全に増え過ぎた害毒を捨てるということの経験がないから、
頭から、やろうともしないし、その効果を全く信じられないのだ
多分大多数の人間がその感動を知ることがなく死んで行く
たかが捨てる、されど捨てる、捨てられない
人間がそれを思い切りやるかどうか?
まあ騙されたと思って思い切り捨て去ってみなはれ
でも注意しておくけど、すっぱり捨て切らんといかんよ

 ・社員を人として扱う・生徒を人として扱う・部下を人として扱う・生徒を人として扱う・子供を人として扱う
 ・機械ではない、ロボットではない、奴隷ではない、所有物ではない⇒ほったらかしの経営者・親・先生


     人生を考える場合の分野の12基本区分
  
   @苦・楽
   A嘘・誤魔化
   B謙虚・素直・倹約・質素
   C老化・病・死
   D生活・暮し・経済・住居
   E会話・対話・人間関係
   F無・空・虚
   G体操・体育・作業
   H食事・食育・健康
   I自然・山暮らし・自立
   J点検・改善・維持・管理
   K変化・革新・転職・転地

    繁栄の形を変革していく

・獲得繁栄× ⇒ 断捨繁栄○
・拡大繁栄× ⇒ 縮小繁栄○
・成長繁栄× ⇒ 回帰繁栄○
・科学繁栄× ⇒ 自然繁栄○
・高速繁栄× ⇒ 低速繁栄○
・競争繁栄× ⇒ 協調繁栄○
・便利繁栄× ⇒ 不便繁栄○
・効率繁栄× ⇒ 実質繁栄○
・量的繁栄× ⇒ 質的繁栄○
・部分繁栄× ⇒ 全体繁栄○
・金銭繁栄× ⇒ 実態繁栄○
・物質繁栄× ⇒ 精神繁栄○
・戦争繁栄× ⇒ 平和繁栄○


     自分の生き方・暮らし方について以上の12項目に分けて反省・改善することをぜひ勧める
     また、それぞれに自分なりの考えを確立してきちんと答えられるように不断に考えることも大事
     「私はこう思います、だから私はこう行動し、こう生き暮しています」ということがハッキリ表明できること

 何でもかんでも、他人の借り物ではいけない、特に、人生は自分独自の考え方で造りあげるべきだ
 つまらん欲や便利さや贅沢や体裁や、面子や社会通念に振り回され、怪しげな人生を漫然と送っている

 現代においてもっとも大きな問題は人間が人間というものから、確実に、速足で、どんどん乖離していくことだ
  リーダーの素質が、政治家が、景気が、高齢化がどうのこうのという小ぽけなことばかりが本質的問題ではない
  他人のせいにせず、自分自身の問題とし、自分自身を反省し、何を置いても、自分自身をまず改めることだ
  見掛けは何とか持ち堪えているが、本質・土台・柱が腐って行く、悲しいことに、これらを直すのは容易ではない
  現代人は、本質・土台・柱を直せないし、直そうとしない、懲りることなく、てっとり早く、見掛けを取り繕ろうとする
  自分勝手な誤魔化しの常識を造り上げ、埋没・安住する、そんなものは一度ぶち壊せ
 例.企業で大事な事は研究開発だが、時間とお金がかかり面倒なのでついつい本質的な事に力を抜いてしまう
  便利で物質的に豊かな時代には「いかに楽をして良い結果を得られるか」を考える人間ばかりになってしまう
  楽をしようなんて考えなければ何事も確実に成し遂げられる、そうでない場合は確実に崩壊への道を突き進む

  占いの本ばかり読んでいるのは無駄、有害です、宗教の本ばかり読むのも無駄、有害です
  自分の愚かさを嘆くな、自分の愚かさを心底、深く、強く、認識することこそが大事なのだから

  最も深く追及できていないことは、自分自身の追及である、自分を自分自身が見放しているからだ
    いくらあれこれ一生懸命やっても人が駄目なら何も良くはならない、
 つまらん事に捕らわれ・つまらん事にあくせくし、つまらん事を悔やみ・つまらん事を喜び・つまらん事に腹たてる

  自分が変えようとしない・変わらないと何も変わらない⇒それこそが根本原因
 自分の人生感・人生設計・人生基盤・人生の師が欠落している⇒健康で清清しく生きる

 スキッと・爽やか・明るい・明快・自信・元気・晴れ晴れ・安楽・融通無碍・自由自在・大らか・素直・謙虚
人として生まれたら、人生一度くらい深く真剣に考える事があってもよいと思う(人間とは人生とはの勉強の機会がない)
人生を知る・人生を体得するには50年以上はかかる⇒焦らず失敗と反省と勉強と努力を繰り返し成長して行きましょう
人間の堕落⇒依存・逃避⇒自立・自律欠落⇒怠惰・不真面目・楽の追求⇒人間関係の希薄化⇒人生勉強不足⇒空回り

 仏 ・真 ・正 ・明 ・清 ・自 ・信 ・誠 ・実 ・心 ・行 ・健 ・慎 ・無 ・学 ・省
  人間とは、自分の生き様をとおして、人生の生涯の研究者たるべし
           
  人の価値は、どれだけ悔い改めたかによる、悔い改めていない人を決して信じてはならない
 嘘・誤魔化しで溢れている社会で嘘・誤魔化しを追い求める、求めるほど苦しみ・悩みが増えるのは当然のことだ、
 しかし、欲望渦巻くこの世で生きるためには、そういうことを自覚し・覚悟して生きないといけない、
 嘘・誤魔化しで満ち満ちた社会で、嘘・誤魔化しのない生き方を求めることも随分と意義あることである
 大半の人は、頑固者・怠け者・小心者・欲張り・誤魔化し・愚か者であり自らを苦しめる⇒真面目・真剣に・普通に・当り前に生きる
  何事もいい加減にしておいてはいけない、あらゆる、どんなことでも、徹底した改善をお任せ下さい
ぶつしんしょうめいしんじしんせいじつしんぎょうけんしんむがくせい     掲示用⇒ クリック

如何なる事態・如何なる時にも品格・人格・風格を保ち堂々泰然自若 ⇒ 中庸
怒らず・喧嘩せず・狼狽せず・冷静で・くよくよせず・真面目・元気で明るく
楽して・贅沢して・誤魔化して・甘えて得られる幸せなんてものは偽物です
そんな見せ掛けの幸せは、ある日突然、簡単に壊れる⇒もっと堀下げよう
戦後、日本文化に欧米文化を安易に取り入れ・急な経済発展したことが日本を駄目にしてきた
最近の若者が堕落したのではない、堕落した親世代が堕落を許し・放置してきただけだ
混迷する現代、今や欧米も日本も、日本古来の生き方に学び・人間の生き方取戻そうとしている
自覚・自律・自信・師・自然・和・無・試練・見える化・健康・質素・謙虚・挑戦・叡智
自然に従い/自然に行う
自然から離れる事が苦の元
老人が歳相応に見ら
れたら老いぼれ老人
逞しく・元気に老いる/
病まない/元気に死す
72歳から山を降り、今暮らしている田中事務所  と  長年暮らした山の長尾支所
  
   


 人間は一生、反省しない・自覚しない・懲りない・直さない・過ちと嘘を繰り返す愚か者⇒どう直すか?
 掃き溜めみたいな最悪な状況の現代社会で人が真っ当に生きるのは難しい事であるが遣り甲斐はある

 社会がどうあれ、世の流れにも左右されず・うろたえず、ひたすら自分の人生を真剣に真面目に慎ましやかに生きる
  問題の根源 : 自然観・人生観・日本人観・職業観・宗教観・暮らし観・家族観・人間関係観を完全に喪失してしまった

一休さーん

人間社会は所詮は、嘘・誤魔化しの社会、自分はその中でどういう風に生きるか?どういう人生をおくるか?

人間界と自然界を巧みに二重生活して生き抜くことが大事
どっぷり嘘・誤魔化しの人間社会に浸かってしまうと、いつか人間性そのものも見失ってしまう。

俗世間とはよく言ったもんだ、俗世間は所詮、何やっても俗にしか過ぎない
幸いにも俗世間にもまだ自然は残っている、自然浴と言うが、是非時々は、自然にゆったり浸かってみることをお勧めする
都会の暮らしに馴染んで、過度に依存し、楽に、なんでも機械や人や役所や会社にやってもらうなんてのは、人間とは言えない

そんな人には、人生なんかない、あるとすれば全自動人間維持マシーンに依存する大量生産の規格品の物体に過ぎない

便利で楽で面倒なことは一切やらなくてすむ製品・サービスや暮らし方・生き方は、人間自身を完全否定している

人類の永続的発展はありえず確実に崩壊する、と言うかむしろすでに崩壊している
人類史の歴史的認識を改めることが急務だ。もはや小ぽけな局地的な歴史認識なんかの次元ではない

   人の心の問題に一人で悩まず、自分や身内だけの解決は困難です。第三者の助けが必要な時代です
  個人でもサークルでも会社でも学校でも、どこでも相談に応じる
             『人生・会話・健康・田舎暮らし・パソコン支援等』
         自分の悩みや問題を第三者にじっくり聞いてもらう
         そして更に人生について深く考え、より充実した人生を活きる第一歩を踏み出す
        自分を磨き上げるのが人生の一番の楽しみ・喜び
           自分がまだ気づいていない”自分自身を発見する旅”に出る
 
   脱楽で安楽 ・ 捨贅で得実 ・ 減欲で増幸 ・ 帰原で復活 ⇒ 質素・堅実で正しく生きる

 人生の見直し・生き方の見直し・暮らしの見直し・職業の見直し・人間関係の見直し・資産の見直し・幸せの見直し
  きちんと見直しし、一度既存の考えや生き方を清算し、愚かな自分を捨てきって、一から出直す
 現代の異常さに依存し過ぎ、飲み込まれてはいけない、現代の文明や社会やシステムと距離を保つ

  なかなか出来ないが、小ぽけな欲や見栄や固定観念や嘘・誤魔化しを徹底して絶て・断て・立て・発て
    次々に襲う試練に堂々と向き合えるか?試練を避けていないか?試練に負けないか?
    自分の道を切り開き ・ 新たな道を作れ ・ 王道を歩め ・ 既成の道をただ漫然と歩むな
    自分を傍観していないか?自分を見失ってはいないか?自分を真剣に見守っているか?

  土台・基礎が腐っている、まずそれらを大修理しないと何も良くならないのだが、上物を修理し続ける
    邪道・極道・悪道・餓鬼道・地獄道・迷道でなく ⇒ 正道・仏道・師道・吾道・聖道を歩め
    良き師・良き友・良き腕・良い機会・良き環境を求めよ・得よ ⇒ 成人・聖人・清人・正人
    徒に、欲張る人・幸せを求める人でなく、足るを知り、幸せを感じられる人になれ

  何故、つまらん人生で満足してしまうのか?苦しみたくない・楽したい・必要を感じない・諦めている
  清く・正しく・美しく・慎ましく・元気で・明るく・笑顔で・逞しく・素直で・自然で・穏やかに
    苦と向き合う・苦と付き合う・苦を味わう・苦を楽しむ・苦を友とす ⇒ 真の勇気・自信・嬉しさが湧き上がってくる
   人は「自分自身が頑固者・怠け者・小心者・欲張り・誤魔化し・愚か者である」ことを真摯に反省しなければならない
   自分で、勝手に凄い苦を一人で背負っているように勘違いしているが、どんな苦も大したことはないものさ!!
   そんな甘ったれた認識こそが、自分自身の苦の元凶であり、いつまでも幸福を実感できない原因なのだ

 幸せは3つに分けて考える@俗世間的幸せA生き物としての幸せB崇高な人間としての幸せ
   当然、@よりも Aよりも Bの幸せを求めること、@Aを減らすことが大事です
   どの幸せが満たされていないのか?どの幸せが欲しいのか?求める幸せが偏っていないか
   欲張ることよりも欲を捨てることのほうが簡単そうだが、実は、数十倍数百倍難しい、捨てよ・捨てよ


   自信を持って「我が人生こそ真の人生・我が人生に悔いなし」と言えるようになりたい
  他人が貴方の顔の表情や言動を見て「引き込まれるような・溢れる魅力的で・安心立命の人」に見られますか?
 それとも恐そうな・とっつき難そうな・不機嫌そうな・信用できそうにない・気難しい人・不安な人・・・に見られますか

 責任者経歴 : 村上和隆   平成10年1月3日  無断転載禁止
経歴:育英小学校台東中学校白鴎高等学校東工大松下電器エンゼル工業ロームテクノ経営


日々、村上原基の心がけること⇒画像ですので取り込みdesktop背景や印刷できます


 政治・経済・高齢化・環境・中国の脅威・・・の危機なんか大した事はない、人が人でなくなっていく事が最大の危機
 心の整理 きちとした人生感の確立 ⇒ 旺盛なやる気  健全な精神  生甲斐と目標
 ⇒健全な精神を考えない人や会社に発展はありえない。真剣な社員の精神対応が求められている
 最も大切な事は人間の精神状態だが、全く後回しにされている、人を後回しにしてなんとする

 徒な競争・争い・勝敗は、差別と格差と疲弊を生む、和と人を大事にしない家庭・会社・国家・世界はやがて崩壊する
 鬱病の社員・予備軍急増 ⇒身近に適格な相談相手不在 ⇒ 社内に相談者を置く
 ノイローゼや鬱病社員を放置しては会社の仕事が滞る、生き生き・明るい精神状態にすれば会社にプラスになる
 鬱病に最も効果的なのは、親身に話を聞いてくれ、相談に乗ってくれる信頼できる人を身近に得ることです
 鬱病や鬱病予備軍の人が一人引き篭もり、堂々巡りしてしまうことは、欝病を更に悪化させてしまいます。
 良き相談者にきちんとした人生の道筋をつけ、自分の日々の生き方や暮らし方に自信を持たせてもらうこと
 物事の本質を的確に観ていればノイローゼなんかになるわけがないが、残念ながら歪んだ心で観ているのだ
 身体ともども、精神・心がさんざ、歪み・ひねくれ・曇っているのだからノイローゼや欝病になるのは当然だ

 人間は、どんな悪いことでも、いつ迄も捨て切れず、多くの無駄・無益・無価値を抱えたまま薄汚く死んで行く
 肉体もボロボロ・精神もボロボロ・暮らしもボロボロ・家庭もボロボロ・財産もボロボロ・・・・
 師(=相談者)+出会い+自分(師がいますか?出会いがありますか?自分が存在しますか?)
 真剣に人生を問い直すことが面倒で恐い、人生に深く立ち入る事なく、逃避するだけ、引き篭もってしまうのだ
 人間は臆病者なのだ・怠け者なのだ・ヤクザ者なのだが、そのくせ、人一倍自分を偉く・大きく見せたがるのだ

 平和で腕力が無用になった時代は、男性の価値も魅力もドン底に落ち、剥げ落ち、女性が社会を動かす
 次の基本理念1〜5を頭に叩き込み、少しづつでいいから実践して行ってみて下さい。簡単なようですが一生かかりますよ
    但し:特に未熟な人は、安易に・表面的に、上記の内容を鵜呑みにしないことですね


 ”人より物・人より金・人より会社・人より国家”は、人を駄目にし、国家・社会・家庭・会社を崩壊させる

目・耳・鼻・口で7角穴と尻・尿器・皮膚の3つ(種)の穴がある、その穴から良いものも悪いものも出入りする

 ・強ければ良い、早ければ良い、大きければ良いのか?
 ・便利なほど良い、きれいなほど良い、儲かるほど良いのか?
 ・弱さや不便さや遅さにもそれなりに良さや価値がある
 ・成長するものは衰退する、拡大するものは縮小する
 ・美しいものは汚くなる、強いものは弱くなるのだが
 ・自分だけは成長し続ける、弱くならない、汚くならないと信じている

 一人前の人間になるには

 @言われなくてもやる人
 A言われたらやる人
 B言われてもやらない人

 @とAの人が望ましい

 しかも
 ・褒められることを期待しない
 ・見返りを求めない
 ・不平不満を言わない

 そういう人を大人と言う
 そういう人を自立できた人と言う

 何があっても笑を浮かべ、少しも狼狽えることなく
 毎日聞こえてくる神仏(大宇宙)の言葉に耳を傾ける

 神仏の声が聴こえて、自分を徹底して正す人こそ
 そして
 他人にも語りかけることができればやっと一人前の人間だ
 


 基本理念1
 
  @勝た(一番で)なくて良い / 負けて良い
   A同じじゃなくて良い / 変わり者で良い
   B便利じゃなくて良い / 不便で良い
   C大きくなくて良い / 小さくて良い
   D多くなくて良い / 少しで良い
   E早くなくて良い / 遅くて良い
   F便利でなくて良い / 不便で良い
   G利口でなくて良い / 馬鹿で良い
   H格好良くなくて良い / 不格好で良い
   I助けてくれなくて良い / 自前・自律・自立すれば良い
   J賑やかでなくて良い / 寂しくても・静かで良い
   K進歩・発展しなくて良い / 古さを大事にして昔や今のままで良い
   L自由でなくて良い / 不自由で良い
   M楽でなくて良い / しんどくて・つらくて良い
   N安全でなくて良い / 危険・危なくて良い

  その他是非止めるべきことは

    ・他 人の賞賛を期待する事
    ・自分だけが正しいと思う事
    ・自分の殻に閉じ篭ること
    ・傲慢になる事
    ・心配するだけで先に備えない事
    ・他人を責める事
    ・金持ちになろうとする事
    ・自分が良い事をしていると思う事
    ・楽したいと思う事
    ・怒られることを避けようとする事


 基本理念2
    @自然(山川草木・森林・野菜・生き物・・・)を忘れず
    A人間・自分・儚さを忘れず
    B日本・日本人・日本人の生き方を忘れず
    C先人・偉人・賢者を忘れず
    D肉体作業・汗水を忘れず
    E人づきあい・触れ合い・助け合いを忘れず
    F会話・対話・談話を忘れず
    G人生・人生観・生き方を忘れず
    H基本・原点・初心・原理・原則・真理を忘れず
    I貧しさ・辛さ・災い・災害・不幸せ・不便さ・厳しさを忘れず
    J謙虚さ・堅実さ・素直さ・誠実さを忘れず
    K真面目さ・勤勉さ・がんばり・辛抱強さを忘れず
    L弱さ・愚かさ・脆さを忘れず
    Mバランス・分散・調和を忘れず
    N歴史・過去・罪・災い・災害・争い・事件・事故を忘れず

 基本理念3
   @一喜一憂せぬこと、平常心を保つこと
   A他人にやさしいこと、他人に譲ること
   B先を読み、厳しく想定し、備えること
   C失うことや失敗することを恐れぬこと
   D日々の食事や作務をきちんと行うこと
   E自然に親しみ、自然に深く交わること
   F便利さや贅沢を多く求め過ぎないこと
   G明るく、元気で、生き生きしていること
   H既成概念や社会通念等に流されぬこと
   I理由つけて諦めぬこと、言い訳せぬこと
   J規則を定め守ること、日々改善すること
   K勝負を競わぬこと、勝負を好まないこと
   Lあらゆることに、安易に依存しないこと
   M物事を深く考え、自分の考えを持つこと
   N物事の良しあしを簡単に決めつけぬこと

 基本理念4

  @心配せぬこと・不安がらぬこと・脅えぬこと
            ⇒ 但し、将来には十分に備えよ
  A狼狽せぬこと・焦らぬこと・大騒ぎせぬこと
            ⇒ 但し、気配りや心配りはせよ
  B怒らぬこと・力まぬこと         
            ⇒ 但し、冷静に忠告はせよ
  C愚痴らぬこと・後悔せぬこと・泣かぬこと 
            ⇒ 但し、後悔を役立てよ
  D奢らぬこと・威張らぬこと        
            ⇒ 但し、誇りや自信は持て
  E欲張らぬこと・ガツガツせぬこと     
            ⇒ 但し、学べ・努力せよ
  F他人に依存し過ぎぬこと・甘えぬこと
            ⇒ 但し、本当に困ったときは助けを得よ
  Gこだわらぬこと・決め付けぬこと・過信せぬこと
            ⇒ 但し、正しいことには頑固になれ
  H追い込まれぬこと・自分を責め過ぎないこと
            ⇒ 但し、安易に逃げぬこと
  I言い訳せぬこと・他人のせいにせぬこと・屁理屈言わぬこと
            ⇒ 但し、正当な理由や原因は究明せよ
  J落胆せぬこと・失望せぬこと・諦めぬこと
            ⇒ 但し、失望を活かせ・ふんばれ
  K暗くならぬこと
            ⇒ 但し、すごく暗くなった時は寝ろ・休め
  L迷わぬこと
            ⇒ 但し、迷ったらあわてぬこと
  M考え過ぎぬこと 
            ⇒ 但し、普段から物事は深く考えておけ
  N元気を失わぬこと
            ⇒ 但し、相当にしんどい時は気を抜け
現代人の陥る虚無感から精神異常への過程
(しっかりした人生感がないか、あまりに期待が大きすぎるとか焦り過ぎ・欲張り過ぎなんです、若さとも言えます、自分がなさ過ぎというか社会や他人の目や評価を気にし過ぎるのも原因です)

不満または欲しいものを見つける・決める

元気で明るく、希望に満ち、手に入れる努力を始める

さんざ必死の努力の末に、やっとのことで手に入る

一時は、すごく満足する、周囲も賞賛してくれる
   ↓しかし
時間が経つにつれ、新たにやることがなくなり暇になる

空虚感・虚無感が襲う、またまた他人と比較し出す

満たされないまま、以前より、欲求不満はむしろ増す

何回かの、こういう充足〜不足の繰り返しの末

そんな繰り返しに失望・絶望して行く

なぜか、やればやるほど人生の目的・目標を失い

大きな挫折・苦難・混乱に襲われる

自信喪失し、狼狽し、不元気になる⇒おかしなことだ

あれこれ考え過ぎて、自分を見失う・やる気も失う

永遠に足るを知ることがない
   ↓    
不満が増すばかり
   ↓   
精神異常・異常行動・異常人格

 基本理念5

人生は歳を重ねるごとに少しづつわかってくるものだ
一生かかっても人生はそんなに簡単にわかるものではない
人生を本当にわかるために、長生きしないといけない(鈴木大拙)
  ・@自然に生きる
  ・A質素に生きる
  ・B元気で生きる
  ・C楽しく生きる
  ・D真剣に生きる
  ・E明るく生きる
  ・F頼らず生きる
  ・G工夫で生きる
  ・H創造で生きる
  ・I誠実に生きる
  ・J謙虚に生きる
  ・K堅実に生きる

 基本理念6 
他人のことはどうでもいい、自分がしっかり自立・自律・自制・自活・自信を手に入れる  @他人と比べるな
 A他人を羨むな
 B他人のせいにするな
 C他人を非難・批判するな
 D他人に文句言う、恨むな
 E他人を気にするな
 F他人より劣等感を感じるな
 G他人を真似るな
 H他人を意識し過ぎるな
 I他人と喧嘩するな
 J他人と争う、競うな
 K他人から壁を作る、距離を置くな
 L他人を嫌う、避けるな
 M他人におもねるな
 N他人に依存するな
 O他人の目や言動を気にするな
 P他人を怖がるな
 Q他人によく思われたいと思うな


自分が自分自身を分かっていないから、自分が自分になれない、成人でなく正人・聖人に
「子供は禅僧」「大人は独裁者」「老人は痴呆者」でも「人は本来仏」

自分を分かるということは、生涯をかけてまでも、一番大事なことである
自分が分からない者に、一体何が分かるというのか?そんな者を信じてよいのか?


概要
1.世間の状況     自分自身が分からない、足のない幽霊のように、この世をさ迷い続ける
人と付き合っても、なかなか人のことは分からないが、自分自身のことはもっと分からない
自分のことは自分が一番分かっていそうで、実は、他人のこと以上に、全く分かってない
民主主義や自由主義や共産主義において、政治や経済や教育まで嘘誤魔化しで成り立っている
嘘誤魔化の社会に同化してしまい、泳がされる、その結果本当の自分が分からなくなっていく

国家・社会の利益のために人々の考え方を誘導する、それにたくみに乗ってしまう
そして働かされ、お金を使わされ、税金を取られる、国家や社会に奉仕させられる
戦時中の日本や現在の北朝鮮のように、国や社会や宗教の利益になるよう洗脳・飼いならされる
多くの宗教の巧妙な嘘誤魔化しに、人は積極的にはまり、乗ってしまう

最近、案外怖いのは宗教による洗脳、戦争やテロが宗教によって先導されていることも多い
人工知能やロボットやインターネット技術はやがて人間を機械として完全に操縦するようになる
都会に住むと特に無線操縦され易い、田舎でのんびり自分や仏性を取り戻すことだ

「どこの国の人ですか?」「日本人と答える」はずだが、更に「どのように日本人なんですか?」
「日本人としてはどうなんですか?」と突っ込んで訊かれたら、まともな答えは出来ない
同じように、自分は何かと質問を投げかけていくと、満足な答えが出来ない。それが実態
ちなみに、日本人であるだけで世界一幸せだと感じているかなー?その幸せを大事にしないと

2.問題点     真面目できちんとしないと一生自分が分からない、自分が存在しない
テレビに雑誌にインターネット、便利な道具の影響を強く受け、自分で考えて行動しなくなり
出来合いの意見やマスコミ情報に振り回され、どんどん自分で自分を騙してしまう。
主体性のない、依存と自己喪失、欺瞞に満ち溢れ、騙す社会に安住してしまう
嘘誤魔化しの生き方に慣れてしまい、「一体俺は何者だ?」と考えてももはや答えられない

自分らしくやろうとするが、社会や周囲の目が気にかかる、心も折れ、気が弱く耐えられない
例えば、「俺はきちんとした人間か?」と訊かれると、自信をもってそうだとは断言出来ない
一貫性がない、ある場合はこうだが、別の場合はあーだ、更に別の場合は更に違う
状況により、相手により、それぞれに応じて、都合よく適当に嘘誤魔化しているだけ

長い者には巻かれろ、もっともらしいものは信じろ、周囲の目は気にしろ・・・・
自分が分からなく確固とした判断が出来ない、そして、自信がなく、迷い、悩み、苦しむ

●幾つか質問をしてみよう、きちんと自分の見解や対応や態度を表明できますか?(質問は何でもよい)
  質問1.1250兆円の日本国や地方の借金に対してどう考え、自分はどう対処していますか?
  質問2.少子高齢化、都会人口集中、地方の限界集落化に対してどう考え、どう対処しているか?
  質問3.いつ来るか分らない巨大地震や災害に対してどう考え、自分はどう対処していますか?

 多分こんな重大なことに対してさえも自分の考えを全く持たないし、自分で努力や対策をしていない
 自分や自国のことがまるで分ってない、政治家や学識者にお任せだ、お任せは最悪だ、自前でやれ
 せいぜい誰かが言ったことを鵜のみにして、あたかも自分の意見のようにすり替えているに過ぎない
 だから、自分の考えもなく、何もやらずに誤魔化しているだけ、いざとなると「想定外」でした
 自分自身や自国のことについてどう考え、どう対処すべきか?なんてことは全く頭にない●

3.私はどうしたのか、何をしたのか       自分自身が分かるようになるきっかけ作りが不可欠
私もかつてはあらゆる面で、ふらふらと定めのない場当たり的な嘘誤魔化しで不安な生き様だった
ところが55歳から18年山に暮らして以来「自分はどうなんだ」筋を通すように変わって来た
やっと「自分はこういう人間でありたい」なおかつ「こういう人間である」が形成され始めた
60歳で人生勉強会を立ち上げ、自分なりに人生について真面目に考え、取組むようになった
自分にとりついていた無用・無駄・無益・有害な悪霊が落ちたような感じだった

4.私はどうなったのか       少しは自分が分かるようになり、やっと僅かな光が差してきた
それ迄は社会に適当に合わせていただけで、俺はこうだというものが確固とあった分けではない
静かに山暮らしを始め、人生と真面目に向き合い始めてから、本当にやっと自分が描け出してきた
「自分はかくあるべき」がだんだんに「自分はこうだ」になり、あまりブレなくなって来た
それまでは、「かくあるべき」は少ししかなく、”自分が定まらなかった””自分が分らなかった”
それまでは、自分の思い、自分の心が自分自身のものではなかった、他人や社会への迎合だった
日常の些細な事に至るまで、自分流の「かくあるべき」や「自分自身の思い」が明確になって来た
山暮らしでどんどん具体的な姿になり、信念になり、明るく元気になる土台がやっと出来て来た

5.一体なにが原因で出来ないのか     いい加減だから、自分を分かったつもりでいるのだが?
「凄くまじめに一生懸命頑張っているのに一向に良くならない?」自分を知ってないとそうなる
己を知るということは基本である、自分を知らずに、いつまでも社会や周囲に振り回され続ける
人は弱い、繊細で社会は他人に影響を受けやすい、影響を受けるというのは自分の未熟さなのだ

「真面目に人生と向き合おう」という自覚が出来るまでは、実のところ、成人でも大人でもない
分かっているように思えても単なる思い込み、確固としたものでないので、結果的に出鱈目
社会で適当に会社や上司や先輩や友人に合わせて生きてしまい、自分が自分でない状況が続く
他に合わせる・へつらう、又は逆に立派なことを出まかせで言う、ちゃらんぽらんな人間のままだ

山暮しや禅以外に、経験上、私が意外に良いと思うのは株式や債権や金や外貨投資をやることだ
資産運用も自前でやること、社会情勢を知るからであり、自分が騙されていることを知るからだ

※あるべき自分と現実の自分は一致していないといけない、そうでないと自分は自分にはなれない
 もし、かくあるべき自分が定まっていなければ、それは自分が分かっていないことになる

6.提言     自分を分かろうとする。まずは、そこから出直す、再出発する
自分のことが、まるで分かっていない、大事なことは、分かろうと思うことから出発することだ
自分を分かっているようで、必しも、自分が分かっていない・自分でない状況を考えてみよう
人生観や宗教観がないから自分がいない、あるのは、他人や社会の考えの出鱈目コピーだ
自分という物体は存在しているが、自分の心が一向に定まらず、人間なのにロボット以下

人間の自分であるのか?(自分になり切れているのか)それとも、ロボットの自分なのか?
まず基本的に出来ていないことは何度も繰り返すが「自分を分かろうとする思いや努力やがない」
銀行貯金だけで良しとせず、分散投資で資産運用を自前ですべきだが、やらないのと似ている
やれ難しいのお金がないのと、やらない理由を挙げる人が多いが、自分を知ることも同様なのだ

1)歳をとり、大人のはずだが、実態は成長が見られず、むしろどんどん社会にへつらって行くだけ
2)自分がかくあるべしと思っても努力不足で実態が伴わない、建て前だけ、上辺だけ、口先だけ
3)人生経験も乏しく、確たる自分が存在せず、会社の上司や先輩や友人に翻弄されているだけ
4)勉強不足、経験不足で自分自身がきっちり分かるようなレベルより遥かに低いレベルに停滞
5)若気の至りで「自分はかくあるべし」が定まっていない、何事にもあまりに未熟でだらしない

6)仏教や禅などの高い次元からみると、あまりに勉強不足・努力不足で、レベルは低いまま
7)自分が駄目な分、見栄を張ろうと、衣服や持ち物や仕草や会話に至るまで背伸びして誤魔化す
8)自分のレベルに合ってない立派なことを言う癖がついている。言うことと自分自身が大きく違う
9)哲学的な深く広い思考が出来ていない幼稚なレベルで、到底、自分をきちんと分かる訳がない
10)良い人ぶったり、悪人ぶったり、意味ないことだが、自分そのものを素直に出せない

11)素のままの裸の自分を出せない、何でも嘘誤魔化しで乗り切る、必用に良く見せようと力む
12)人生が狭く、浅すぎる、時により、状況により変わり、ふらふらしており、自分が定まらない
13)年齢的に大人になっても親元を離れず、自立、自活、自律できず、大人になり切れてない
14)都会暮らしが長く、便利で豊で、作業は一切しない、何かにつけ弱さ・脆さを露呈する
15)秀才・金持ち・権力者・美人、あくまで良い状況下で偉そうに出来るだけ

16)有名人、周りからちやほやされるので、得意満面だが、実態は、かなりお粗末極まりない
17)トップを走っており、自分は立派で最高の人間だと自惚れ、過信しているが、欠点・欠陥が多い
18)麻薬患者が麻薬を断てず真っ当に戻れないのと同様に、断つべきことをなかなか断てない
19)法律上の成人になって大人として認められ、それだけで大人になったと錯覚し得意になっている
20)歳は関係ない、原点基本に戻って、己を深く知り、考え、行動できないと永遠に自分になれない
「自分が自分である」「自分がしっかり分かる」には、適切な環境と修行の場を身近に求める

やたらな社会への反抗もどうかと思うが、社会に同化し過ぎない、埋もれない、騙されないこと

幾ら頭で考え、本を読み、高僧の話を聴いても、それだけでは自分は見えてこない
株式投資で証券会社を安易に信じてはならないように、専門家や評論家に安易に依存しないこと
社会からの嘘誤魔化を真に受けて、その嘘誤魔化しをふり撒く、全く北朝鮮人民と変わらない

誤魔化されないためには、自分自身が嘘誤魔化しをつかないことだが、そう簡単なことではない

自分を出し過ぎて、怪しげな人だと言われていると気にしてしまう、社会や周囲の目が気になる
社会の目をすごく気にかけ、社会にへつらい、あっさりと社会の言われる通りにしてしまう
悩み苦しんだあげく、自分の一生はどうでもよいと諦め、自分を高めず一生を終えてしまう
「人生なんてこんなものだ」と諦めに似た気分で、自分を知ろうとせず一生を終えてしまう

昔、親からよく言われたことは

 @きちんと座りなさい
 Aご飯つぶ残したら目がつぶれますよ
 B人様に恥ずかしいことしたらいけませんよ
 C人様の迷惑になるようなことしたらいけませんよ
 D弱い者苛めしたらいけませんよ
 E無駄使いをしたらいけませんよ
 F食べてすぐ寝たら牛になりますよ
 G遊びに行く前に宿題やっておくんですよ
 H悪いことしたら罰が当たりますよ
 I嘘は泥棒の始まりですよよ
 J汚い言葉使ったらいけませんよ
 K上向いたらきりがない、世の中、下には下がいるんですよ
 L負けるが勝ちですよ
 Mお小遣い貯金しなさいよ
 N夜は早く寝なさいよ
 O人が嫌がることをしてはいけませんよ
 Pご先祖様に申し訳できないことしたらいけませんよ
 Q先生のいうことよく聴くんですよ
 R悪いことしたら、きちんと謝るんですよ
 S誰が見ていなくても、お天道(てんとう)様がみていますよ
 21悪いことばかりしていると、地獄の閻魔様に舌切られますよ
 22油断大敵、火がぼうぼう
 23もったいないことしてはいけませんよ
 24きちんとご挨拶するんですよ
 25兄弟喧嘩するんじゃありませんよ
 26我がまま言ってはいけませんよ
 27よく噛んで食べるんですよ
 28ご飯は最後お茶で洗いながら飲むんですよ
 29お父さんが座るまで食べてはいけませんよ
 30寝る時、服は枕元にきちんとたたむんですよ
 31明日の準備をしてから寝るんですよ
 32地震や火事が起きてもいいように服は枕元にたたんで寝るんですよ

私の嫌いな人、付合いたくない人 
でも私はどちらかというと現実には、こういう人とも多数付き合っています。
というのは長年付合いを通じて変わっていくのを見たいからです。
確かに長く付き合っていると確実に変わってきます。
誰でも、人間、歳とると、よくなるもんです  @難しい顔し、挨拶しない人
 A他人のせいにする人
 B整理・整頓・掃除・洗濯できない人
 C妻(夫)や上司や同僚・部下を非難する人
 D不平不満の多い人
 Eしつこい人、くどい人、逆に、あまりに素気ない人、味気ない人
 F何でも面倒くさがる人
 Gすぐに屁理屈言う人
 H適時報告・連絡しない人
 I知らない・わからない・出来ないを言う人
 J偉ぶる人、金持ちぶる人、美男美人ぶる人
 Kすぐに怒る、説教する人
 L汚い、臭い、下品な人
 M気配り・心配りできない人
 N歯や口や鼻や耳が汚い人
 Oやたらと外見を気にし過ぎる人
 P否定、拒否の多い人
 Q経験が少なく、幅・奥行きの狭い人
 R苦労をあまりして来なかった人
 S暗い、マイナス志向の人

※自然 「五行」を参照⇒ウィキペディアから
  日本語では自然という語は平安時代にさかのぼる。
  平安末期の辞書である『名義抄』に「自然ヲノヅカラ」とあるのがもっとも古いようである。
  より古くは、中国のいわゆる老荘思想では無為自然という語があるが、
  老子などには無為はあっても自然はない。
  いずれにせよ、この語は意図せずに、意識的でなく、と言うような意味である。
  ただし老荘思想では無為自然を重視し、
  それに対立するものとして人為的なものを否定する。
  そこから現在の意味の「自然」を尊いものと見る観点が生まれたと考えられる。
  彼らは往々にして山間や森林に隠れ住み、また山や川を愛でた。
  いわゆる水墨画、山水画などもこの流れにある。
  人の手の触れない地形や環境を指す言葉としての自然は、
  開国後に「nature」等の外国語を訳する際にできた言葉だと思われ、
  そのような使われ方は明治中期以降のことである。
  日本語としては天然(てんねん)がほぼ同義であるが、使われ方はやや異なる。
  現在では単に天然と言えば天然ボケを指すこともある。
  なお、自然(じねん)と読んだ場合、むしろあり得ないものが勝手に生まれるのを指す。
  自然(じねん)[編集]「じねん」は自然の呉音読みであり、「しぜん」と読んだときとは違った
  意味を持つようになる。
  自然(じねん)とは、万物が現在あるがままに存在しているものであり、
  因果によって生じたのではないとする無因論のこと。
  仏教の因果論を否定し、仏教から見た外道の思想のひとつである。
  また外からの影響なしに本来的に持っている性質から一定の状態が生じること”
  自然法爾(ほうに)”という意味や偶然、たまたまといった意味も持つ。

 山暮らしでの私の信条
  ・豪華な別荘は要らない    ・贅沢は要らない   ・格好つけない    ・見栄を張らない
  ・肩書きも要らない    ・垣根を作らない  ・焦らない    ・便利さは要らない
  ・オシャレな店は要らない    ・喫茶店もレストランも要らない  ・来る者は拒まぬ、去る人を追わず
  ・役所の助けも要らない  ・虫や蛇トカゲなどを嫌わない    ・ゴミを出さない     ・化石燃料も要らない

 自然は、嘘・誤魔化しを絶対につかない自然は、嘘・誤魔化しを絶対につかない

 山 山に14年ひっそりと暮らしていると、都会では見えなかったことが少しづつ見えてくる
 猿や鹿はしばしば、野菜などを盗むが、彼等は決してずる賢く振る舞うことはない
 ましてや野菜などを盗む以外の悪さは絶対にしない
 人間は嘘・誤魔化しの生き物
 自然や獣には嘘・誤魔化しは一切ない
 嘘・誤魔化しとは、
  ・嘘  ・誤魔化し  ・出し抜き  ・騙し  ・蹴落とす
  ・策略  ・惑わす  ・裏切る  ・幻惑  ・恫喝
  ・脅迫  ・詐欺  ・錯覚  ・誘導  ・一時しのぎ
  ・言い訳  ・依存

 こんなものは自然には通用しない
 人間は、嘘・誤魔化しで時々の困難を乗り越えて行く
 しかし
 自然はじっくり時間をかけて慎重過ぎるくらい慎重に状況を見て進む
 決して無理はしない、妥協もしない、淡々と何もしていないようにゆっくり進む
 事実、ほとんどなにもしないかのようだ、時間をかけ結果を出して行くだけだ
 風邪をひくと、人間の場合は、薬や注射をして一刻も早く治そうとする
 自然は、絶対に、そんなことはしない
 したがって
 人間はやがて確実に崩壊する宿命を持っている
 だからどんなに深刻な事態になっても私は、そう大したこととは思わない
 所詮人間界はそんなものだと思うからだ
 「人間の尊厳だとか人命ほど尊いものだ」なんて、ちゃんちゃら可笑しい
 嘘・誤魔化しの中で、何を真面目くさってるのだ?
 自然界というものは、そうなっているのだ
 人間が崩壊しても別にどうと言うことはないのだ
 人間社会特に都会は嘘・誤魔化しで充満している
 自然は人間が崩壊してもまたやり直すでけなのだ
 大木が枯れて死んでも、また次に木が生えてくるようなものである
 自然にとって死とは生れるということなのだ
 自然は循環するのだ、一見死ぬようでも、決して死ぬことはないのだ
 そんなにゆっくり・慎重なのだ
 自然は、あくまで嘘・誤魔化しをしないのである
 自然には、嘘・誤魔化しという言葉は存在しないのだ
 人間は、なまじ、優秀な手足・頭を有した
 そして嘘・誤魔化しを会得してしまった
 酒を飲んでも、酒に飲まれてはいけない
 同じように
 嘘・誤魔化にまみれていても、嘘・誤魔化しに飲まれてはならない
 自然の中に自分を置いて、
 嘘・誤魔化しを少しでも捨てることが大事だと痛感している
 自然溢れる山でひっそり暮していると嘘・誤魔化しが少しづつだが減って行くような気がする

山や自然で暮らす場合に必要な能力は次のようなものでしょうか

 次のようなものに耐える・慣れることが自然に溶け込む早道です
 でも長年楽で便利な都会に毒された人にはかなり時間がかかります
 都会の人は大の苦手なこと、あせらずにじっくりやりましょう
 ある意味都会とは真逆な環境・正反対の場所ですからね
 まあ大抵、根性がない都会人は一日も持たないですね
 @静かさ
 Aゆっくりさ・悠久さ
 B寂しさ・孤独
 Cしんどさ
 Dインフラ・店の無さ
 E不便さ・面倒さ
 F広さ・遠さ
 G暗さ・怖さ
 H厳しさ
 I自立さ・自律さ・依存困難さ(役所・医者・サービスなど)
 J生き物との共生さ(虫・蛇・雑草・木など)
 K自然さ・当たり前さ

 私は14年山で一人ひっそりくらしてきましたから
 当然これらの試練を乗り越えています
 田舎暮らしというのは都会の延長・都会で得られない癒しではなく
 都会の生ぬるい暮らし・生き方との離別なんです
  そして
 自然と向き合う・付き合う・出会自然の神性に触れることなんです

 人間は全て麻薬中毒患者みたいなものです  ⇒  麻薬を断ち切る意識と勇気と実行
  ・麻薬は身体をボロボロにし苦しみ悶え死に至る
  ・しかし当人は害毒だと知っていても、麻薬を止めようとしない
  ・むしろ必死に求め続ける
  ・苦しみ続ける
  ・そんなに苦しいのなら止めたら良いのに
  ・でも死ぬまで止められない
  ・それと同じように生きている人がなんと多いことか

 人間として忘れてはならないこと
  ・自然の一部
  ・本来仏
  ・生き物
  ・高い能力
  ・頭でっかち
  ・短い命
  ・傲慢
  ・愚か者
  ・弱い
  ・争う
  ・欲張り
  ・嘘・誤魔化し
  ・後悔繰り返す・

 中庸(バランス、調和)を究めるということの大事さ
「中庸」の「中」とは、偏らない、しかし、決して過不及の中間をとりさえすればよいという意味ではない。
よく、中途半端や50対50の真ん中と勘違いされている。中間、平均値、足して2で割るというものではない。常に、その時々の物事を判断する上でどちらにも偏らず、かつ平凡な感覚でも理解できるものである。

「庸」については、朱子は、「庸、平常也」と「庸」を「平常」と解釈しており、
鄭玄は「・・・庸猶常也言徳常行也言常謹也」と「庸」を「常」と解釈している。
「庸」が「常」という意味を含んでいることは二人とも指摘している。
現在、多くの学者たちは「庸」が「平凡」と「恒常」との両方の意味を含んでいると見ているほか、
「庸」は「用」であるという説もある。つまり、中の道を「用いる」という意味だというのである。

中庸の徳を常に発揮することは聖人でも難しい半面、学問をした人間にしか発揮できないものではなく、
誰にでも発揮することの出来るものでもある。恒常的にいつも発揮することが、難しいことから、
中庸は儒教の倫理学的な側面における行為の基準をなす最高概念であるとされる。
中庸は徳の至れるものなり
(ちゅうようはとくのいたれるものなり・・・・・)

なにごとをするにも、やりすぎてはいけない。そうかといって遠慮しすぎるのも良くない。
ほどほどに行動するということが、最高の人徳というものであります。
つまり、「不足でもなく、余分のところもなく、丁度適当にバランスよく行動できるということは、
人徳としては最高のものです。しかし、そのような人を見ることは少なくなりました」と嘆いている。

現在、私どもが理解している「中庸の理想は、むしろ老荘の教えに似ています。
つまり「老子」の六十七章では「あえて天下の先たらず」といい、「荘子」は「進んであえて前にならず、
退きてあえて後にならず」と「山木篇」で述べています。
とくに老子の教えは、「われに三宝あり。一にいわく慈、二にいわく倹、三にいわく天下の先たらず・・・」
としていて、人間の生き方の真髄を表現しています。人に対して、いつくしみを持ち、
何事もひかえめにして、先ばしらないことは、貴重な人生の指針となるものです。

さて、現代社会にこれらの教えをあてはめてみると、意外に孔子の教えが生きてくるようです。
つまり、バランスよくやろうと思ってもうまくいかないのなら、
いっそのこと理想を高くもったらどうかということです。
現代のサラリーマンや学生に崇高な理想を持てといってすすめるのは難しいのかもしれません。
しかし、中道・中流で、ことなかれ主義で人生を過すことより、
失敗してもなにか目標を持って進む方がよいとすすめているのです。

また、生き方がまずく、不器用な人間であっても、志をまげたり、
節操のない生き方を選びたいとも述べています。このように「中庸」はことなかれ主義ではなく、
また行動についてつねに内輪でよいというのではないことが分かります。
しかし、やりすぎないためには自制する強い意志と、不正に対する毅然とした態度が必要です。
中庸とか足るを知るというのは簡単ですぐにできそうなことですが、現実には非常に難しいことであり、
一生かけてもなしえないことなのかもしれません。

だからと言って自分は、「中庸とか足るを知る」ということができていると勘違いしたり、
逆にできっこないと諦めてはいけないのです。
例え一生かかってもこの中庸の道を一歩づつ極める心がけが大事だと思います。
人間は日々いかに中庸の道を究めるかが人生の大きな目標と言っても過言ではありません。
単に真ん中をとるとか中途半端で良い程度に認識で終わることなく、
常に中庸を意識する・中庸とはどんなことか・中庸とはいかにすべきかを考えて
日々暮らし・仕事を生きることが肝心です。
まあでも非常に高度で難しいことなので、あまり無理せずに少しづつで良いですから
日常を通じて勉強して行こうではありませんか。

 二宮金次郎    人道は中庸を尊ぶ
師はこういわれた。人道は、たとえば水車のようなものである。その形の半分は水の流れにしたがい、
半分は水の流れに逆らってまわる。全体が水中に入っていれば水車はまわらないで流されるだろう。
また水から離れるとまわるはずがない。仏教にいういわゆる善知識のように、
この世を離れ欲を捨ててしまうのは、たとえてみれば水車が水から離れてしまったようなものである。
また凡俗の人が教えも聞かず、義務も知らず、自分の欲のみに執着するのは、
ちょうど水車全体を水中に沈めたようなものである。いずれも世の中の役に立たない。

だから人道は中庸を尊ぶのである。水車の中庸とは、ちょうどいい具合に水中に入っていて、
半分は水にしたがい、半分は水の流れに逆らって、運転が止まらないことをいう。
人道もちょうどこの水車のように、天理にしたがって種を蒔き、天理に逆らって草を取り、
欲にしたがって家業に精を出し、欲を押さえて義務を考えるべきである。


 中庸とは次のようなことではありません⇒間違った認識の例

 @真ん中をとる・平均的
 A自己主張をしない
 B適当にする
 C真面目過ぎない
 D曖昧にする
 E足して二でわる
 F個性がない
 G社会に流される
 H深く考えない
 I穏健
 J平和主義
 Kことなかれ主義
たしかに、中庸を究めた人を見ると、外見的にそう見えるかもしれませんが、
外見だけを真似て中庸だなんて思うとむしろ大きな失敗や後悔の元にもなりかねませんよ

 @やり過ぎ/怠惰怠慢 A過大/過小 B頑固/迎合 C欲張り頑張り/無気力
 D片寄り E無駄/無理 F依存 G怒り H心配/安心
 I身体/心 J干渉/放任放置 K自由/不自由

 天道と人道  いかに天の道(絶対の道)に沿うか、いかに人の道(中庸の道)を踏み外さないか
    人の道は安易さや間違えば、とんでもなく出鱈目で無駄で人の崩壊へとつながる危険性を有する

 現代人の犯す罪
     @環境汚染・破壊 Aエネルギー浪費 B資源浪費 C過度な国際化
     D過度な便利化 E個人主義Fマネーゲーム G効率主義
     H都会集中 I借金依存 J家族の崩壊 K依存、過度な補助・支援

天  道 人  道
自然
天智
不作為
あまりに大きい
永久不変
永久不滅
強さ
縦横無尽・融通無碍
善悪なし
苦への対応
絶対的
厳格
無欲
妥協なし
悩みなし
真実・真理
節約・倹約
田舎
合理
人工
人智
作為
あまりに小さい
変動・曖昧
風前の灯火・流転
脆さ・弱さ
四面楚歌・挫折・行き詰まり
善悪あり
楽の追及
相対的
いい加減
欲望
妥協・中庸
悩み充満
誤魔化し
無理・無駄
都会
矛盾

 人間というこの中途半端ないい加減な生き物⇒まるで広い海を漂うクラゲみたいだ
 
 @ 欲張り       A 心配性       B 人嫌い
  C 威張りたがり・自己愛・目立ちたがり   D 楽したがり     E 中途半端
  F 利己的       G 他人批判     H 強がりだが弱虫
  I 甘え・依存     J 寂しがり屋     K 付和雷同

 人間は生きる時代の環境の大きな変化に対応できずに悩む生き物である
  人間はやれ革新だの進歩だの成長だのを追い求める、
  あたかもすごく素晴らしいことのように勘違いしている、  
  私はオリンピックてやつも大嫌いだ
  革新だの進歩だの成長の結果は無残なものだ、
  よく効く薬のように大きな副作用が確率30〜50%で伴うのだ
  なんのことはない、必ず人間の弱体化をもたらし、多くの新たな不適応障害を起こす、
  貧乏な時代には裕福を求め、不便な時代には便利を求める、
  当然のように思われているが、人間などの生き物は、貧しくかつ不便な環境に生きるように
  作られていることを、忘れてしまっている
  山に暮らしてみなさい、猿も鹿も貧しく不便な中を逞しく生きているぞ、
  彼らにはうつ病も自殺もない、何が霊長類なんだか?

  例えば下駄(げた)は昔は必需品の履物であったが、靴ができると全く無用になってしまった
  人は自動車のおかげで歩かなくなり、エスカレーターのおかげで坂をのぼらなくなった
  お金を持つことで働かなくても食べられる人が出現するようになった・・・・・・
  そのうち手も指も足も腰も心も肺も心臓も気力も無用なものとして欠落していくんだろうが、
  そんなの生き物と言えるんですか?
  金持ちのお坊ちゃんのように、偉そうだけど、何一つ満足にできなくなってもいいんですかい?
   (自民党の麻生さんや民主党の鳩山さんのように)

  革新・進歩・成長は人間を嘗ての下駄のように確実に無力で無用にさせて行く
  今日本と韓国や中国が領土問題で紛糾している、
  私にすれば「あんな島いっそアメリカか第三国に売ってしまえ」と思う
  まあ中国人や韓国人も人間としての質はひどい、日本人もアメリカ人も西欧人も皆例外なく、
  人格・品格・風格がなくなった。島が欲しい、何でも欲しい、でも人間として中国や韓国の人の
  あまりにひどいやり方は同じアジア圏の人間としては悲しい
  でも、まあ、広い世界には、そんな俗悪な人や会社や国家もあるわいな、
  そんなことにいちいち腹たてもしょうがない
  どんどん中国や韓国が革新と進歩と成長を続けることは、
  私の理論からすれば弱体化をどんどん織り込むことに他ならない
  豊かさ・便利さを手にするということは、人間を崇高な生き物から単なる物質に
  変質/堕落させる以外の何物でもない
  「奢れる平家は久しからず」である、あんな程度の島「我が国のものだ」と主張しても
  得るものは少ないのでは?革新だの進歩だの成長だのを追い求める結果、
  人格も品格も風格も、更には骨格や体格すらも失なわさせている 

 人が陥入り易い傾向

  @自分に都合の良いことを考える
  A自分を正当化する
  B自分だけは楽をしたがる
  C当たり前のことをしようとしない
  D他人と同等または他人より優位にいたい
  E我がまま・頑固をとおす
  Fその時・その場をなんとか誤魔化そうとする
  G他人からの大きな恩恵に気づかない
  H専門家や権威者の言うことを安易に信じる
  I優しさを求めるが他人に優しくしない
  Jつまらんものを欲しがり、膨大なお金や時間を費やす
  K大きな後悔を経験する迄は、将来の危機に備えようとしない

 人が悩み・苦しみに陥入る自分の悪い性格・小ささ

  @勝手な思い過ごし
  Aくよくよし過ぎる・マイナス思考
  B対抗意識・自分が正しいという過度の思い込み
  C相手批判・相手を許さない
  D追い込む・妥協しない・糞真面目
  Eあせり・慌て者・せっかち
  F自信がない・心が弱い・小心者
  G固定観念・既成観念
  H他人の目や言葉を必要以上にイチイチ気にし過ぎる
  I自意識過剰・自己愛
  J力み過ぎ・ぎこちない
  Kいい加減・大雑破・大揚・曖昧が苦手


 困ったときは
   @いつ迄も悔やまずに、人はそもそも、もともと無一物で弱いものだということを思い出す
   A苦は神様がくれた試練又はお休み時、むしろチャンスなんだと思う
   B元気も出ず、憂鬱な状況のときには、当面はひたすら寝る
   Cまず頭をできるだけ空っぽにする、急ぐことはないが、落ち着きができてきたらゆっくり自己反省し問題を10〜15列挙する
   D目的のない旅に出る、金があればやや豪勢にするのがよい(3日くらい)
   E誰かに悩みを打ち明け、とにかく話しを聞いてもらう
   F誰でもいいから助けを求める
   G現在進行中のあらゆることを中止する(契約も解約するなど・・・)
   H敢えて、規則正しい・きちんとした暮らしを開始してみる
   Iジョギング、ストレッチ・筋トレなど運動を始める
   J自分が好きなことだけを集中的にやる
   K嫌でも、関係する本を読む、調査する(例えば癌になったら癌の本を読む)⇒現実や本質から目をそむけない
   L時が過ぎれば何かが変わると信じて、時の来るのひたすらじっとを待つ
   M新しいことに挑戦する、勉強を開始する、資格をとる
   N苦に耐えつつ、この際だからと、じっくり落ち着いて、人生についていろいろ勉強する
 ※大事なことは困る以前に、普段から師を持ち、いろいろ人生について自分なりの意見を明確にしておく

 70歳私の食事メニュー
   注.現在はかなり変わってますが各自年齢や環境によって自分で決めて下さい

私は年齢のせいもありますが、規則正しく自分で良しと思う一日を送ってます。
若い人もできるだけ禅僧のように一日をきちんと計画し実行することが大事です

・朝飯前(朝4:00からラジオ聴く、ストレッチ、5:30〜6:00起床)
  コップ一杯の水
  散歩、軽作業30分
  ⇒食前、食間、食後に10分づつ一日計6回以上散歩する

・朝食

  野菜サラダ大どんぶり一杯(人参・ごぼう・レタス・トマト・ピーマン・オクラ・
       じゃがいも・モズク・わかめ・酢・オリーブオイル)
  コーヒー(牛乳・豆乳・黒砂糖入り)⇒一日3杯
  ヨーグルト(バナナ・リンゴ・季節の果物・きなこ・びわの種の粉)、
  エビオス、マルチミネラル

・昼食
  ラーメン又はお好み焼き、
  ベリックス・ネオ(ビタミン:塩野義製薬)、亜鉛
※サプリメント及び薬及び補助食品・酒など

・夕食
  玄米ご飯一杯、野菜肉炒め、魚、その他、にんにく醤油づけ
  日本酒コップ1/3かビール350ml
  サンテアージュOX(ニナファームジャポン)、メバロチン(悪玉コレステロール)、びわの種の粉
 (夜ストレッチをした後、11時に就寝)


・その他
  がごめ昆布・にんにく醤油づけ・アーモンド・煮干し・梅干し・ゴマ・梅酒・海苔・キムチ
  皆で飲み会の場合は無制限で喰い飲む

・間食
  一切しない  間食は、あらゆる意味で最悪です、きっぱり止めましょう

良くない生活習慣や状況のチェック項目
チェック項目を抜出また自分のを追加して100項目にまとめました⇒
私は更に厳密に改善し守って行こうと思っています
病気になる暮らしを猛反省し、食や生活習慣を改革しましょう

■良くない生活習慣や状況のチェック項目 ※病気にならない生き方2実践編 新谷弘実から引用

1. 風邪をひき易い
2. 腰痛がある ●
3. 運動後疲れがとれない
4. 関節が痛む
5. よく下痢をする
6. よく便秘をする
7. ニキビや吹き出ものが多い
8. 肌が荒れ易い
9. 顔や足がむくみ易い
10. 冷え性である ●
11. 食欲がない
12. 慢性的な疲労感がある
13. 目まいをよく起こす
14. 目が疲れ易い ▲
15. 肩が凝り易い ●
16. 頭痛がよく起きる
17. 抜け毛が多い
18. 舌がよく回らない
19. 顔にしみが増えた
20. 身体にしびれがある ▲
21. 体重が増えてきた
22. 気分が落ち込み易い
23. 集中力が低下した ▲
24. 怒り易い
25. いつもイライラしている
26. まわりに喫煙者が多い
27. タバコを吸う
28. 早食い大食いである
29. 夕食の時間がいつも遅い
30. 歯に金属の詰め物がある
31. 野菜は嫌い
32. スナック菓子をよく食べる ●
33. 魚介類を頻繁に又は大量に食べる
34. 家の水を浄水していない ●
35. あまり水分をとらない(定時間毎に) ▲
36. エアコンの効いた部屋に長時間いることが多い
37. 眠れないことがよくある
38. アルコール類をよく飲む
39. 外食が多い
40. 脂っこいものをよく食べる
41. 睡眠不足でいつも眠い
42. お風呂はシャワーですますことが多い ●
43. 紫外線を浴びる時間が長い
44. 運動はあまりしない
45. ストレスが多い
46. 食事時間が不規則である
47. トイレにゆっくり入れない
48. 長時間同じ姿勢でいることが多い ▲
49. パソコンに向かう時間が多い ▲
50. 毎日シャンプーする

■以下は村上和隆が追加した良くない生活習慣チェック項目
51. 汗をかかない
52. 冷たいものをよく飲食する ●
53. 間食する
54. 体重が急減した
55. 果物をあまり食べない ●
56. 海藻類を毎日食べない
57. 加工食品をよく食べる ●
58. 電子レンジを頻繁に使う ●
59. 冬に首や手足の十分な防寒をしない
60. 甘いお菓子が好きだ ●
61. 毎日適度のストレッチをしない
62. 夜遅くに飲食する
63. 季節の旬以外のものをよく食べる
64. 風呂はゆっくり半身浴でなく全身浴である
65. つい頑張って無理なスポーツをする
66. 一つの同じスポーツばかりする
67. 冷凍食品をよく使う ▲
68. 野菜や食料を4日以内に食べつくしていない
69. コーヒーやお茶をかなり頻繁に飲む ●
70. 身体の不調を検査・治療せず放置する ▲
71. 安易に自動車に乗り、あまり歩かない
72. 人との会話や付き合いが苦手
73. 安易に依存する、他人のせいにする
74. 都会で大気汚染の空気を沢山吸う
75. 中国食材や安い肉を頻繁に買う ●
76. トイレが長い(2分以上)
77. 元気だとつい無理する ●
78. 頻繁に夜更かしする又は早寝する
79. 土日に寝だめする
80. 安易に薬を飲む
81. 冬、冷え切った身体で寒い布団に寝る
82. 足に会わない不適切な靴を履く
83. 炭水化物をとり過ぎる ▲
84. 白米・白砂糖・精白小麦を好んで食べる
85. 防腐剤の入りの食糧を多くとる ●
86. 農薬の多い野菜をとる ▲
87. パン・製菓・揚げ物・マーガリンなどトランス脂肪酸を多くとる
88. 長時間座っている
89. ペットボトルや缶ジュースをよく飲む
90. 風呂にゆっくり入らない ▲
91. 呼吸が浅い ▲
92. 電子レンジ・テレビ・電気毛布など電磁波を平気で浴びている ●
93. 食後と就寝前に歯をきちんと磨かない
94. 鼻からでなく口呼吸をしている
95. 部屋や空調の掃除をせずカビやダニをほったらかし
96. 朝5〜7時に、時間を決めて起きない
97. せっかちである ▲
98. お腹や足腰を冷やす
99. けちで心が狭い、小さい、自信がない ▲
100. 朝一番水を飲まない

 人生設計の12項目
 次の12項目がきちんとできていないと、その弱点から人生は破綻する

  その1  生活(目的・目標・生き方・生老病死)設計
  その2  勉学・教育・訓練・経験設計
  その3  職業・社会貢献設計
  その4  精神(自信・性格・精神鍛錬・平常心・ゆたかさ・センス)設計
  その5  方針・理念・信条設計
  その6  居住地・住居・環境設計
  その7  暮らし(家事・炊事・洗濯・掃除・日常)設計
  その8  資産形成・資産保全設計
  その9  食事・睡眠・排泄設計
  その10  健康維持・保全・体力設計
  その11  社交・交友・師弟関係・切磋琢磨設計
  その12  運動・体操・生き物としての側面設計

 人生設計なんて大まかに考えていると実は、何もまともに出来てはいないものだ
 もっと項目毎にきちんと設計しないと・・・・
 例えば貴方の健康設計は?と質問されたら即答できますか
 自分があることで強く悩むということは、すでに解決の入り口に貴方が来ていることなんですが?

 逃げずにじっくり向き合うことの大切さ
 とにかく逃げよう逃げようとするんですが、逃げようとすればするほど深みにはまっていくものです
 逃げ惑わずに、まずどっぷり入り込む・付き合う・向き合う・逆手にとってみるのです
 社交的・裕福・健康・幸せな人が未来永劫にそうだということはない。
 むしろ口下手・貧乏・病弱・不幸な貴方のほうが未来が明るいかもしれない

 @私熱があるんです、どうしたらいいんでしょうか? ⇒熱を冷まさず、そのまま暖かくして寝ていなさい
 A私病弱なんです、どうしたらいいんでしょうか?  ⇒真剣に病弱と向き合いなさい
 B私死にたいんです、どうしたらいいんでしょうか? ⇒死になさい何もかも捨てなさい
 C私悩み多いんです、どうしたらいいんでしょうか? ⇒大いに悩みなさい
 D私肥満なんです、どうしたらいいんでしょうか?  ⇒肥満でもいいから、普通の人と同じ暮らしをしなさい
 E私頑固なんです、どうしたらいいんでしょうか?  ⇒中と半端でなく世界一頑固者になりなさい
 F私孤独なんです、どうしたらいいんでしょうか?  ⇒もっと孤独を噛み締めなさい
 G私引き篭もりなんです、どうしたらいいんでしょうか?⇒引き篭もって猛烈に勉強と仕事をしなさい
 H私貧乏なんです、どうしたらいいんでしょうか?  ⇒徹底して極貧を味わいなさい
 I私馬鹿なんです、どうしたらいいんでしょうか?  ⇒なまじ少し利口より、馬鹿に徹しなさい
 J私失敗が多い引き篭もりんです、どうしたらいいんでしょうか?⇒もっとどんどん失敗しなさい
 K私口下手なんです、どうしたらいいんでしょうか? ⇒口下手でも聞き役上手になりなさい

 例えば
 すごいブスが美容整形してすごく美人になる⇒それで人生の問題は解決したと言えるのか?
 ⇒解決したのではない、誤魔化しただけだ、
 苦難から逃れる = 解決ではないのだ ⇒ 自らの解決を放棄しただけなのだ ⇒ 負けたのだ
 次に苦難が来ると、なんとか誤魔化そうとするだろう⇒そして悩むことだろう

 逃げる者は追われる / 追う者は逃げられる
    来るものは拒まず/去る者は追わず
 ⇒ 逃げず・追わず・じっと向き合う


 現代人の悩みやストレスの大半の原因は人間関係

人間関係が現代人の悩みやストレスの大半の原因と言われています。他人とのかかわり方を間違えていませんか?
いかに他人と付き合うか向き合うかそれは相手の問題というより他人と付き合う自分自身の問題なのです、
 @他人の評価を気に掛け、良く評価されようとすると自分でなくなる
 A人は出身・性別・年齢・家族によって、考えや性格が違うことを自覚すべし
 B何事につけ他人に勝とうとする無駄な努力で心身は疲れ果てる
 C他人に良く思われようとすることは、自分を小さくする危険がある
 D他人のことをやたらに羨み、同じになろうと焦ると、不満だけが増す
 E都会や社会や会社で、あまりに多く人と係わり過ぎると、振り回される
 F他人に依存して当り前と勘違いしていると、いつ迄も自立・自律できない
 G他人を安易に信頼・信用すると、とんでもない裏切りに出くわす
 H他人を地位・名誉・外見で判断し、その人を安易に信じると、騙される
 I安易に他人まかせにしていると、とんでもない事故や不幸がやってくる
 J他人の欠点を探し・非難し、容易に相手を許すことができないと、孤立する
 K他人と会話も付き合いもしないでいると、陰気で元気なく、孤独になる

他人との向き合い方が下手ですと、貴方自身にも不利益であるばかりでなく、
相手も不愉快になり貴方から遠ざかって行くことでしょう

 @相手を思いやるA相手への気使いB相手への気配りC裸の付き合いD明るくE笑顔で
 F相手の良いところを引き出すG相手を褒めるH相手の話しをよく聞いてあげるI気の許せる友になる
 J必ず挨拶(おはよう・さよなら・お疲れ様・ありがとう)するK気軽に声をかける・・・・・・・・・・・

 予防・緩和・結果オーライにしておくと人生安心して生きられる

 私は60歳くらいから、”村上流結果オーライ方式”をとるように心掛けてきました。
これをやりだすと不安や狼狽が劇的に減ります。
ある問題があるとします。もしこうなったら、こんなとんでもないことになると心配するだけでなく、
もしそうなってもなにか良いことはないかと考えるのです。
例えば、ある会社の株式を持っていて、もし株価が上がったら当然良しですが、もし下がったら、
それ自体は損失ですが、大きく下がったところで別途その下がった株式を買い増すのです、
200万円の金があれば、まず100万円だけ株式を買っておいて100万円は下がった場合の
ためにとっておくのです。

例えば、恋人になって欲しいと付き合いをしているが、もし良い返事がもらえれば良し、
もし悪い返事であれば、それは望ましい相手ではなっかたのだと諦め、できれば、
別の候補者も準備し手当しておくのが良いかもしれません。
なにしろ選択肢も一つ、結果も一つというのは、自分を追い込み・不安を与えるだけです。

健康保険なんかも、毎月の掛け金は必等ですが、いざという場合に高額な治療費や入院費が賄えるのです。
私は都会のマンションと田舎にログハウスを持っています。
これも選択肢は2つ結果も2つという私流のやり方です。
無論もう1件もう2件と多ければもっと選択肢や結果は多くなり安心が高まりますがね。

良い状況だけを期待していると万一の場合は不安ですから、
悪い状況になっても自分なりに良しとすることを考えておくべきなんですね。
子供が結婚せずに実家で同居している、結婚して欲しいでも、もし結婚しなければその時は、
老後の自分と同居もいいかと考えるというようなことです。
どちらに転んでも良という自分を納得させるシナリオを考えておくべきだということです。
精神安定に、実に効果的です。是非やってみて下さい。

 大人になれない若者⇒失業・貧困・うつ病・虚弱・引篭もり・・・・・  子供とは

 @適正な判断ができない・決断できない
 A日常的な家事や作業ができない
 B挨拶や会話ができない
 Cお金の蓄えがない
 D運動をしない、身体を動かさない
 E自信がない
 F親元を離れなかったり、親や上司や連れ合いに依存する
 G元気がない・暗い・笑顔がない
 H他人の目や批判を必要以上に気にする
 I気配り・心配り・目くばりができない
 J酒・たばこ・ゲーム・インターネットなどに依存する
 K我慢できない、辛抱しない
 Lすぐに切れる・怒る・逆切れする
 M目的・目標がない
 N規則がない・規則を守らない
 O整理整頓・清潔が保てない
 P努力しない
 Q苦労をしない・苦労の経験がない
 R被害者意識が強い
 S自覚がない・自覚が乏しい

 現代の落とし穴:依存症⇒適度なお酒は健康の元過度な飲酒は破たんの元
             クリック クリック ⇒クリック
 現 現代は依存することの誘惑のあまりにも多い時代ですほどほど.中庸・足るを知るに心がけましょう
 熱中・逃避・誤魔化し・はけ口・盲愛・欲ばり・目立ちたがる・・・・・貴方は大丈夫ですか?一度冷静に点検下さい
 @アルコール(飲酒)依存症
 A喫煙依存症
 B麻薬・薬物依存症
 Cパチンコ依存症
 Dゲーム依存症
 Eインターネット依存症
 F携帯依存症
 G万引き依存症
 HHビデオ依存症
 I痴漢依存症
 J盗撮・下着泥棒依存症
 K薬依存症
 L買い物依存症
 M過食・グルメ依存症
 Nセックス依存症
 Oギャンブル依存症(競馬・競輪・宝くじ・賭け麻雀)
 Pテレビ依存症
 Q有名人依存症
 R化粧・着飾り・おしゃれ依存症
 S借金依存症
 その他
 マンガ依存症  お菓子依存症  ジュース依存症  稽古事依存症  仕事依存症  スポーツ依存症

 早期発見・早期治療・早期相談及び助けを求める・自分を変える ⇒ 変わらないから良くならない

仕事トラブル・お金
人間関係 ※できるだけ早い段階で手を打つ・助けを求める
家族や会社での葛藤
健康・体力・気力
各種依存症(酒・喫煙・博打・セックス・遊興・麻薬) 解決⇒苦難に対処する経験を積む
甘えなどその他要因  徒に困る・悩む
解決困難
人生の方針なし
精神状態・健康状態不安定
 更に大きな問題
目標なし
 あれこれ問題の増加
被害者意識・逆ギレ
偏見・勝手な思い込み 自分は悪くない症候群
他人を目や言動を気にする 責任転嫁・逆ギレ
 辛さが増す
自信不足・未自立・幼い
他人批判・切れ易い 解決先延ばし
融通不足・糞真面目
忠告を無視・何でも反発
更に悪化
高望み・気位は高い 問題の増加
弱さ・人生経験不足  対策せず放置 問題の拡大
問題から逃げる
家族との対話なし  話さない・相談しない 相談してもわかってくれない
付き合い下手 相談しても無駄
会話下手 相談したいが恥ずかしい
友人がいない 相談する人がいない
 一人で悩む
マイナス思考 親兄弟や会社の上司先輩の資質
堂々めぐり 親兄弟や会社の上司先輩の理解・配慮
固定観念
妬み・僻み
 狼狽する・悩み深まる
脆さ・弱さ・頼りなさ
逆境に耐えられない  心や身体の変調
だらしなさ・怠惰
生活態度  仕事もしない
規則なし・規則守らず  お金がなくなる
 元気がなくなる
読書・勉強  引きこもる
運動や家事・労働開始
軽いアルバイト  うつ病
規則正しい・真面目な暮らし
薬物療法  治療や相談
カウンセリング 失敗 ⇒ どん底 ⇒ 人間崩壊 
集会参加  社会復帰へ
成功⇒普通の暮らし⇒勤勉・節約・きちんとした暮らし・会話・謙虚


上辺や表面を飾って何の価値があるのか
 @なんと上辺や表面をきれいに飾っていることか
 Aなんと上辺や表面を見て判断していることか
 Bなんと上辺や表面を飾るためにお金をかけていることか
 Cなんと上辺や表面を重要視していることか
 Dなんと上辺や表面のきれいさに誤魔化されていることか
 Eなんと上辺や表面だけしかみていない場合が多いことか
 Fなんと上辺や表面にこだわっていることか
 Gなんと上辺や表面以外の本質を見ていないことか
 Hなんと上辺や表面より大事な本質にお金や時間をかけないことか
 Iなんと上辺や表面だけで議論をしていることか
 Jなんと上辺や表面だけで状況を把握したと思っていることか
 Kなんと上辺や表面に感動していることか

よくよく考えるとつまらんことだ
見栄えより大事なのは中身・本質なのに
部屋が豪勢に飾られているより、暮らし易く、きちんと整理整頓されていることのほうが大事だ
女性もごてごて厚化粧をするより、こざっぱり清潔であればよい

よく人間は裸になれ、裸で付き合えというが、
私もその考えに大賛成だ、
しかし現実はそんなことができる人は案外少ない

いかに自分をきれいに、強く、立派に見せるか、誤魔化すか
製品の多くも費用のかなりを見栄えに費やす
お菓子に箱や包装紙なんかどうでもよいのに
若い美しい女性であれば、すっぴんでいいのに
否、むしろ日常はわずかの化粧でほぼスッピンでいてほしい
家なんかもコンクリートむき出し、むくの木地のままでよい

ごく最近、私は少なくとも見栄えは最後に考えるようにしている
見栄えに気をとられ過ぎると、使いにくいとか、やたら手間やお金がかかる
まず機能・使いやすさ・安全・快適第一で、そのうえでの見栄えであるし
見栄えも整理・整頓・清掃されている程度でよいのだ
主客転倒という言葉があるが、つまらんものを優先し大事なことを後回しにしてしまいかねない

 厳格にトコトンやってもいないのに「自分はやっている」と平然としている、簡単に諦める現代人

昨年から腰痛対策を本格化し、やっとどうにか良い結果が出だしています。
そもそもは2年前、かなり腰痛がひどくなって、近くの整体院に行ったのです。
先生きっぱり曰く、「直す気になって継続的に治療すれば絶対に直ります」でした。
「67歳だから、こんなにひどいから、もう直らないなんてことはありません」でした。
そんなことを言う整体師は初めてでしたが、私も「それならトコトンやりましょう」となったのです。

半端でないお金と努力で1年が経過しましたが、当時、直ったような直らないような状態でした。
その後、少しづつ健康体操やら、姿勢を真っ直ぐするやら、自分の努力を加えていきました。
その結果約2年目にして完全100%とはいかないまでも80%くらいは良くなったのです。

特に最近は姿勢が真っ直ぐに歩けるようになりました。実は、これは大きな成果なんです。
姿勢を真っ直ぐにするというのは簡単なようですが、長年できなかったのですがから、
独自の健康体操を毎日30分以上欠かさずやることで、それが可能になってきたのです。
身体自身が直ってきたことだけでなく、強い意思が形作られたことによると考えています。
病は身体が病んでいる以前に、気・心が病んでいたことを改めて知らされた気がしています。

健康体操は目下私が普及にも努めていますが、トコトン真面目にやれば、効果を発揮します。
私の過去の反省は、”やることなすこと中途半端というかいい加減だった”ということです。
「やってます」という人の多くは、やってはいるがきちんと厳格にはできていないもんなんです。
「厳格にきちんとやってますか?」と質問すべきであって「やっていますか?」という質問では駄目です。
今後は、会社でも学校でも家庭でも自分自身にも「厳格にきちんとやってますか?」と質問して下さい。

答えが「やっています」では全く意味がありません。厳格さの度合いを確認してないからです。
大事なことは、”やっているか/やっていないか”ではなく、厳格にやっているか?どうかなんです。
現代の落とし穴は、厳格さの欠如や厳格さのチェックの不十分さなんです。

私の場合も「長年、腰痛対策をトコトンやってきた」と勝手に思い込んでいたんです。
「いろいろ一生懸命やったけど、駄目だ」という思い込みや甘えた姿勢だったんです。
しかし今よくよく思えば、「やってはいるが、皆いい加減で中途半端だった」のです。
昔の人は、現代の人の数倍厳格な人が多く社会自体も厳格なものでした。
しかし現代は科学技術の進歩した割りに、厳格さがどんどん欠如しているんです。
時代の進歩に従って厳格さが失われていく、そういう時代になっているということです。
機械化できずに何事も人がやっている時代は、人の厳格さが必要だったんです。

物事を頼む場合も「やっています」という言葉を安易に信じるととんでもないことが起きます。
また自分自身でも「自分はきちんとやっている」と安易に思い込むのも危険なんです。
むしろ現実は「きちんとできていない」のがほとんどなんですから。
平和で便利で豊でなんでも機械がやってくれる社会では、自分に厳格さを求めなくなるのです。
いい加減な所業の積み重ねが長く続く結果、ある日とんでもない災いが降りかかって来るのです。
東北の大津波や原発事故なんかも典型的な安易な思い込みによるものでしたね。
現代社会の問題は、ほとんどがそういうことに起因していると言っても過言ではありません。

腰痛対策として独自の健康体操を続けて私の背筋が真っ直ぐになったことで感じたことは、
いい加減にやっている場合、大きな災いが後々生じると覚悟すべきだということです。
腰痛で背筋が曲がっている人は、最近では老人だけでなく若者にも多いのです。
背筋が丸かろうと左右に肩が傾いていようと、腰が曲がっていようと、一向に平気なんです。
何故なんでしょう?実はすごく大きな問題なんですが、ほったらかしなんです。

膨大な借金を抱えているのに、一向に税金を上げずに借金は増えるばかりでも平気なんです。
国や役人が悪いの政治が悪いのどうのと「俺の知ったことか」と放置するのです。
地球環境問題・病院不足・保険破綻・年金破綻・失業増加・・・・皆いい加減に放置しているのです。
個人的なことでも「もう歳だから病気になっても、足腰が悪くて当然だ」と平然としているんです。
「あるべき完全な姿にするのが当然なんだ」と思う人や、そのように行動する人が少ないのです。

世の中には右も左もそういう「いい加減で良いのだ」という甘い考えの人で満ち溢れているのです。
特にリーダー:指導層にそういう甘い人が増えていることが国をも滅ぼす元になるんです。

二宮金次郎師は、そういう周囲の人を見て、自分が率先して投げやりな状況を改革していくのです。
「俺がやってみる」「できるじゃないか」「あんた達もやってみい」「やはりできるじゃないか」
できるんですよ、どんなことも、やる気さえあれば、きちんとやりさえすれば、

『為せば成る為さねば成らぬ何事も為らぬは人の為さぬなりけり』上杉鷹山(うえすぎ ようざん)
本質をつく・真実を見極める・真面目に・真剣にという姿勢がいつの時代にも大切なんです。

私が健康体操で姿勢が真っ直ぐになって知りえたことは
@真面目にやること
A真剣にやること
B続けてやること
Cきちんとやること
Dくじけずやること
Eやりながら考えること
F工夫すること
G改善すること
H諦めないこと
Iやりとげること
でしょうかね

トコトンやる、トコトンやれば何とかなる、トコトンやれば自信がつく、トコトンやれば楽しくなる

逆にトコトンやらない人は、つらい日々が待っているのではないでしょうか?

 苦を楽と思い、楽を苦と思う、苦を選んで実践しましょう
     苦と向き合う・苦と付き合う・苦を味わう・苦を楽しむ・苦を友とす
人 苦を楽と思い、楽を苦と思う、苦を選んで実践しましょう
     苦と向き合う・苦と付き合う・苦を味わう・苦を楽しむ・苦を友とす
人生勉強会を2年前に立ち上げて、改めて人生を深く考え、自ら実践して行くようになりました。
人生とがっぷり四つになってみると、日々の当たり前の行いの中に新たな気づきがあります。
また、日本の諺や偉い先人の言っていることも一つづつしみじみわかってきます。

諺というか座右の銘というものは、本来人間が苦手で出来ていない事が多いのです。
すなわち人間として本来すべきことだが、案外と出来ないということなんでしょう。
人間は駄目なもんであり、本来の姿から程遠い生き物であるということですかね。

諺とか座右の銘というものは、もっとどんどん自分に当てはめて実践するべきですね。
そうしないと、そこらへんの安っぽい兄ちゃん姉ちゃんと同じ程度のものにしかならないということです。
実践すべき諺等は、沢山ありますが、例えば「楽は苦の種、苦は楽の種」をとりあげましょう。

口には言うがやっていないこの諺を、最近やっと少しづつ実践できるようになって来ました。
諺とか座右の銘は飾り物ではありません、使い込まないと全く意味がないのです。
素晴らしい器や道具なんてのは、それが素晴らしいほど、飾っているのでなく、使わなくちゃ駄目です。
ところが素晴らしいものは使うべからず、もったいない、傷つけたら恐い・・・・と仕舞ぱなしですかね?

ペーパ^ドライバーでは駄目です、どんどん運転しないと運転は上達しないのと同じですね。
山内鹿之助の「われに七難八苦を与えたまえ」を簡単な事出来る事から実践することですかね。
ところで皆様は一体、日常の暮らしの中で楽より苦を求める生き方をどれだけ実践していますか?

私の推測ですが、多分、無意識に苦より楽を求めてしまっていませんか?
私もつい2〜3年前迄は、100%当たり前のように、楽のほうを選択していましたから。
何をやるんでも、「まず一番楽な方法はないか」を探し、それを自慢さえしてしまうんです。
そして、面倒で苦が多いものは、絶対にやろうとしないのです。

ところが私は、最近、極力苦のほうを選択するように努めているのです。
偶然に苦がやってきた場合も、むしろ歓迎みたいに思うように努力しているんです。
人々は「村上さん大変でしょ」なんて言うんですが、
まあ「村上さんは大変だ」と言われることは、ある意味素晴らしい事ですよ。やっと半人前かな?

逆に人々から楽ねーとか、何も言われない生き方は悲しいことですよ
楽して、苦をせっせと貯金しているようなもんですからね。
お金を貯める人と、あればあるだけ使ってしまう人の差ですよ。
楽をしている人はやがてそれが大きな苦になって実るのです
苦をしている人はやがてそれが大きな楽になって実るのです

そういうふうに考え方を180度変えると苦を求めることは山内鹿之助の言うとおりなんです。
鹿之助は別に、不可能なことを言っているんでも、物凄いことを言っているんでもないんです。
今の世界や日本の姿は楽を求める生き方や暮らし方にあると断言してもよいでしょう。
苦を苦と思わず、むしろ苦を選択する生き方・暮らし方を実践してみて下さい。
是非今日から一つでも何でもいいですから嫌なこと苦しいことを実践してみて下さい。
まあ、現実には、なかなかできませんがね。そこは、最初のうちは貴方の精神力次第ですよ。

望むと望まんとに拘らず、今後3〜4年くらい、厳しい試練が次々にやってくるはずです。
でも、いざ来ても、平然として「待ってました」とばかり苦や不幸や災いと向き合って行きましょうね。
覚悟とともに苦を味わう・楽しむくらいの心のゆとりと準備を今から養っておきましょう。   
もっともその苦を事前に減らすことは本人の地道な努力でできることも確かですが、

自信と勇気と元気と人間らしさと温かみと、更には嬉しさまで身体の底から湧き上がってくるはずです

諺や座右の銘を是非、飾って眺めるだけでなく、実践してみて欲しいですね。
そういうことを日々地道に積み重ねることこそが、人生を深める早道だと思います。

苦は友・苦はくすり・苦は人生・苦は楽・苦は学び・苦は宗教・苦は自律・苦は成長・・・・・・・・
人は2つに分かれます@苦労を苦労と思わず積み重ねてきた人A楽のみを追い求めてきた人
当然ですがAの人は、お付き合いしても、深みがなく、退屈でつまらんですね
       自ら苦を作り・苦を貯め込み・苦を増やし、もがき苦しむ

苦とは、苦への対処法

人生とは何ぞや、人それぞれいろいろな考えがあるが
「人生とは楽あり苦あり」楽ばかりでないどころか苦ばかりと嘆く人も多い
はたから見ると、結構楽ばかりしているのだが、本人は勝手に苦悶する
人生で一生涯、最も大きな難問は、人生につきまとう苦との向き合い方だ
苦とは一体なんだろう?真剣に深く考えたことがありますか?

意外に「苦とは何か、苦にどう向き合うか」を答えようとしない
人間は死・病・老・貧など嫌なことは深く考えない傾向がある
まあ、それもそうだろう、嫌なことを考えると憂鬱になるばかり
つらいのはわかる、でも
「嫌なものは考えない」ではなくむしろ必死に考えるべきだ

『苦とは自分の思いどおりにならないこと』と説明されている
自分にとって”思い通りとは”どんな状態か常に深く考えること

ポイントは、”自分の思い通り”が人によって大きく異なることである
結果的に人によって苦の感じ方や対処の仕方も大きく異なる
ある人には深刻な苦であることでも別の人には全く苦でないということがある
又は苦であっても、狼狽する人もいるし、明るく前向きに対処する人もいる

当然ですが質素・謙虚・誠実・素直・真面目・健康な人には、苦も大した苦ではない
苦が多い、大きいという人は、まずそういうものを見直すべきなんだ

苦にはまった時に冷静に苦の元である”自分の思い通り”を分析してみることだ
自分は何を思い通りにしたいのか?何が思い通りにならないのか?と
自分の思いが甘いのではないか?
自然観に基づく冷静さが人間には必要だが、
苦の体験は、冷静に対処する能力を身につけてもくれるものなのだ
そのためにも、苦の原因を他のせいにしてはならない
例外なく「自分自身が苦を作り出している」と認識すべきなのだ
そして苦をわが友、わが親、わが師のように対処すべきなのだ

多くの人にとっては苦は、嫌な、遠ざけたい、辛いものである
そして苦が大きいほど、そのつらさは持続し、永く苦しめる
人により年齢により、置かれている状況により苦の感じ方は相対的である
かなりつらい苦さえも喜びだという人生の達人みたいな人もいる
苦=嫌でなく、苦=歓迎と考える人も僅かにいるが、実に望ましいことだ

僧侶の修行なんてのも全て、苦に強くなるための心身の修練である
そういう立派な僧侶には、凡人が感じる苦はなくなる

苦から逃れようとする人は、逆に、永遠に苦を卒業できない
むしろいつも苦に追い回される悲しい運命をたどることになる
苦とは結果的には、後々自分を大きく成長させるのだ
苦に耐え、苦に負けず、味方にさえするには

・深刻な苦にならないように巧みに予防する知恵を持つか
・まともに苦に耐えられる自分を磨くか

苦とは自分自身の間違った行いによって起こる
他から降りかかってくるものは皆無と認識すべきなのだ
苦=自分が原因=自分の責任であることを重々知っておかないといけない

苦がやってきて、その苦にうまく対応するには

 @苦をすぐに忘れる(深い、長い悩みは人をボロボロにする可能性がある)
 A苦に強くなる(打たれ強くなる)
 B苦を感じなくさせる(苦に反応し過ぎるのは?)
 C自分の思いをレベルダウンする
 D確実に思い通りになるように創意工夫する(これはあまり望ましくないが)
 E確実に思い通りになるようにきちんとルールを決め守る
 F苦の元を解消する
 G苦を一人で抱え込まない(他人に相談する)
 H専門家や能力ある人に助けを求める
 I苦と戦う(一種の修行、苦こそ自分を高めるものだと自覚する)
 J苦を何かで紛らわす
 K苦をむしろ嬉しいことだと思う

それぞれに簡単なようで案外難しい
姑息に対応すればするほど苦から逃れられない
悩み相談で多いのが「次々に苦るしいことが起きるがどうしたらいいでしょうか?」
こういう人の多くは”苦からいかに簡単に逃れるか”だけを考えようとする
大病をして、手術も嫌、禁煙禁酒も嫌、過食も止められない、運動もしない、生活習慣も直せない
麻薬中毒なのに、なんとか麻薬を止めずに健康を取り戻せないかと考える
「つらいことは何にもせずに、なんとかこの大病を直したい」なんていうようなものだ、虫のいい話だ

苦へのうまい対応が当たり前に出来れば人生も楽しい
決して喜びでも幸でもないかもしれないが、
苦と上手に付き合えれば、それだけでも大きな儲けものだ

それぞれに解決法があるが、苦るしい時に
こういう場合は以上に示した12のどの方法で解決すべきか
自分の能力と相談して適切に選ぶことだ
場合によっては苦に逆らわず、紛らわしたり、通り過ぎるのをじっと待つほうがよい場合もあるだろう
一時的な癒しや逃避は緊急的・便宜的な対処法に過ぎない
そんなことばかりで、いつもうまく行くということはない

時間や能力があれば、簡単ではないが時間をかけ、まともに苦を克服する方法を習得すべきだろう
しかしそうは言っても、年齢とともに、境遇に応じて次々に大きな苦はやって来る
苦は止まってくれない、待ってはくれない

苦への抵抗力を蓄えれば、それだけ苦から逃れることができる
というよりは、苦が苦でなくなる、苦の大きさが軽減する
苦から逃げてばかりいればどんどん苦は増え、強まる

自分の思い通りにならないこと=苦とどのように向き合い
自分を苦に強くならしめるか

私が最近心掛けていること

 @ため息つかない
 A嘆かない
 B愚痴零さない
 C暗い顔しない
 D嫌だと思わない
 E笑顔・明るさを保つ
 F嫌なことを考え込まない
 G悪いことは一日以内で忘れる
 H前向きな思考
 I前向きな発言
 Jどげんかなる・どげんかする
 K更に最悪な人や状況を考え、それよりもましだと考える
「人間は本来無一物」「人間はやがて死ぬ」「もっとつらいことはあるまだましなほうだ」
と思えばよいのだ
苦とどう向き合うか、人生の最大かつ重要な課題だ
幸を求めるより、苦を友とし、師とし、うまく付き合うことこそ本物の幸への道だ

 結果を求めて、いちいち、あーだのこーだの喜んだり悩んだりするのは、無駄であり・愚の骨頂だ

  @得るとは失うこと
  A勝つとは、負けること
  B生きるとは、死ぬこと
  C有るとは、無いこと
  D増えるとは、減ること
  E欲張るとは、損すること
  F愛するとは、憎しむこと
  G利口になるとは、愚かになること
  H金持ちになるとは、貧しくなること
  I進歩するとは、後退すること
  J美しくなるとは、醜くなること
  K大きくなるとは、小さくなること

  以上の逆も真なりるとは失うこと

 ・きちんと人生を歩むことが大事だが、基本的に何一つわからないまま、いつしか徒に歳をとってしまう
 ・真剣に向き合うことのない人生で後悔しないのか?そんな生き方を子・孫に伝えて死んでも良いのか
 ・俺は人生ちゃんとやってきた・俺の人生は楽しかった・俺の人生は人に恥じないと言えるようになろう
 ・自分がきちんと人生をやっていないのに、反省せず他のせいにし文句を言うことを = 逆切れと言う
 ・物事はどんな深刻な問題でもやる気があり徹底してやる覚悟さえあれば必ずや良くなるのにやらない

  自分はすでに、自分自身で考えた 自分の歩むべき道を見つけているのか?いつになったら見つけられるのか?
   それとも、我が道を見つけられていないので、あっちにウロウロ・こっちにウロウロと周章狼狽しているだけなのか?
   人は、とてつもなく大きな勘違いをしている、 偽りの生き方に安住し、 むしろ楽しんでいる、 本当の幸せなんて、
   いつ迄も来やしない、大きな間違った観念を打ち破る勇気を持て、偽の幸せに浸って大事な一生を浪費したくない

 日本が輝いていた時代の日本人の基礎は「武士道」にある

 武士道の果たすべき徳とは  ※なぜ今「武士道」か日本及び日本人の復活 福田和也著 から
 @義  A勇  B仁  C礼  D誠  E名誉  F忠誠

武士道「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」から部分的に抜粋
@義:人間としての正しい道、正義を指すものであり、武士道のもっとも厳格な徳目である。
  義は体に例えるなら骨である。骨がなければ首も正しく胴体の上につかず手も足も動かない。
  つまり、たとえ才能や学問があったとしても、義の精神がなければ、武士ではない。
  武士にとってお金などは二の次である。打算や損得から離れ、
自分が正しいと信じる道を貫くことが武士の正しい姿とされた。
  武士はとにかく銭勘定を嫌った。銭勘定はつまり損得を追求する行為だからである。
  だから商売は商人たちにまかせて、上位の身分である武士たちは人々の模範となる生き方を追求した。
  打算や損得を超越し、自分が正しいと信じる道を貫く。武士道の中心となる良心の掟、これが義の精神である。
A勇:勇とは、義を貫くための勇気のこと。勇気といっても、わざと危険を冒して討ち死にすれば単なる犬死にである。
武士道ではこれを匹夫の勇と呼びさげすんだ。
  武士にとって犬死にはつまらない行為だが、自分が間違いないと思うことに対しては
  ためらうことなく命をかけて戦わなければならなかった。
  勇をまっとうするためには肉体的強さが不可欠なのだ。
  義の精神をいくら机の上で学んでも、自分より強い暴漢に怯えて実行できなければ無意味である。
  武士たちは精神修行と同時に肉体を鍛えた。文と武の両立、つまり文武両道を追求していた。
  義をみてざるは勇なきなり。勇とは勇気、正義を敢然と貫く実行力である。
B仁:仁とは、人としての思いやり、他者への憐れみの心のこと。
  他者への思いやりを忘れてはならない。仁の精神は、人の上に立つ者の必須項目である。

C礼:仁の精神を育て、他者の気持ちを尊重することから生まれる謙虚さがつまり礼の根源である。
  礼とは他者に対する優しさを型として表したものである。

D誠:誠とは文字通り、言ったことを成すこと。「武士に二言なし」という言葉は、
武士道の徳目のひとつ、誠から生まれた。武士にとってウソをつくことやごまかしは、臆病な行為とみなされた。
武士たちは銭勘定を嫌い、誠の精神に基づき証文さえもつくらない。
E名誉:侍の妻たちは立派だった。金よりも名誉を重んじる夫のために、笠や提灯作りの内職で家計を支えた。
女は武士の主君に対する忠義心と同じくらいの思いで家を守り、身を清く保った。それを内助の功という。
  名誉の観念は外聞や面目などの言葉で表されるが、裏を返せばすべて「恥」を知ることである。
  「恥ずかしいことをするな」「対面を汚すな」「人に笑われるぞ」
  武士の間では羞恥心を知ることを幼少の教育においてまずはじめに行われた。
  負けるが勝ちという言葉がある。
  武士道の名誉とは、名を尊び、自分に恥じない高潔な生き方を貫くことである。
  武士たちはどう美しく死ぬかを追求したが、それは同時になんのために生きるか、という哲学に帰着する。
F忠義:これまでの徳目は儒教思想に基づいたもので、あらゆる階級の人々にもあてはまるが、
これは武士唯一の特殊な徳目。
  忠義とは主君に対する絶対的な従順のことである。
一見その本質は日本の封建社会が生み出した政治理念にも見えるが、共通の考え方が海外にもあった。

 白隠禅師 座禅和讃⇒ WEB智光院から引用
  ⇒ 毎日何度か唱和し、諳んじて言えるようんしましょう

経文 現代語解釈
 段1   衆生本来仏なり 私たちは、皆生まれながらに、仏さまと同じ心を持ち合わせています。それはあたかも、「水」と「氷」の関係のようです。
     水と氷のごとくにて
     (しゅじょう ほんらい ほとけなり  みずと こおりの ごとくにて)
 段2   水をはなれて氷なく
  衆生の外に仏なし
氷は、水が固まってできたものであり、もとは同一のものです。水蒸気や雲も、水が変化したものです。水、氷、蒸気は、それぞれ形が違いますが、全て同じものであります。一般に「さとり」と呼ばれ、何か超人的な能力と思われがちな心も、また、凡人と思っている私たちの心も、本当は同一の「仏心」なのです。その「仏心」は、遠く離れた天国にあるわけではなく、水と氷のように、私たち自身の肉体と、その心を離れて存在するものではありません。
     (みずを はなれて こおりなく   しゅじょうの ほかに ほとけなし)
 段3   衆生近きを知らずして
  遠く求むるはかなさよ
ところが私たちは、誰でも「仏心」を持っている、ということを信じないために、選ばれた聖人のみに「仏心」が宿っていて、凡人には、さとる資格がないものだ、と思っているのです。または、厳しい修行を行った末に、ようやく外部から「仏心」が降臨してくるものだ、と思っているのです。
     (しゅじょう ちかきを しらずして  とおく もとむる はかなさよ)
 段4   たとえば水の中に居て それは例えて言うならば、水の中にいて、のどが渇いた、と叫んでいる(周りは全て仏心であるのに、仏心を信じず、得ようともしない)ようであり、
     渇を叫ぶがごとくなり
     (たとえば みずの なかにいて  かつを さけぶが ごとくなり)
 段5   長者の家の子となりて また、金銀財宝がつまった蔵のある家に、その子供として生まれていながら、その蔵があることを知らずに乞食をしている(仏心という宝を、生まれながらに持っていることを、知らずにいる)ようなものです。
     貧里に迷うに異ならず
     (ちょうじゃの いえの ことなりて  ひんりに まように ことならず)
 段6   六趣輪廻の因縁は
  己が愚痴の闇路なり
人間は、地獄餓鬼畜生修羅人間天上、という6つの世界(六趣または六道)を生まれ変わる、とされ、それは「輪廻転生」と言われています。悪行の結果として、地獄・餓鬼・畜生の3つの悪趣に生まれ、善行の結果として、修羅・人間・天上の3つの善趣に生まれる、とされています。そして、苦しみからの解脱は、3つの善趣に転生すること、と考えています。しかし、そのような考えは、私たちが愚かで、仏心を信じないがために、そう考えるのです。もともと釈尊の教えでは、私たちの苦しみには、必ず原因があり、その原因を無くせば苦しみは消滅する、という考え方です。その教えを知らないから、私たちは輪廻転生に、救いを求めているのです。
     (ろくしゅりんねの いんねんは  おのれが ぐちの やみじなり)
 段7   闇路に闇路を踏そえて それは、暗い夜道を、灯りも点けずに歩いていくようなものです。暗い夜道を歩いていっても、目的地に辿り着くのは難しく、これでは、苦しみから抜け出すどころか、さらに苦しみの迷路に入り込んでしまいます。
     いつか生死を離るべき
     (やみじに やみじを ふみそえて  いつか しょうじを はなるべき)
 段8   夫れ摩訶衍の禅定は
  称歎するに余りあり
大乗仏教と呼ばれる、現在の日本仏教の教えの中に、「六波羅蜜」という6つの実践徳行があります。すなわち、布施持戒忍辱精進・禅定・智慧、という、仏教徒としての大切な行いのことです。その中でも「禅定波羅蜜」は、最も重要であります。
     (それ まかえんの ぜんじょうは  しょうたんするに あまりあり)
 段9   布施や持戒の諸波羅蜜 なぜ「禅定波羅蜜」が重要なのでしょうか? その理由は、布施・持戒・忍辱・精進・智慧の各実践行の他にも、仏教徒のつとめる行いとして、「念仏を唱える」「日々反省をする(自分の過失を認め、叱責を甘受し、悔い改めること)」「毎日の生活の中でするべき勤めをする」といった、
     念仏懺悔修行等
     (ふせや じかいの しょはらみつ  ねんぶつ さんげ しゅぎょう とう)
 段10   其の品多き諸善行 功徳を積むためのいろいろな行いがありますが、これらの実践には、すべて「禅定」が必要不可欠だからです。
     皆この中に帰するなり
     (そのしな おおき しょぜんぎょう  みな このうちに きするなり)
 段11   一座の功をなす人も
  積みし無量の罪ほろぶ
例えば、たった一度の坐禅経験でも、その坐禅が真剣な坐禅であったならば、その功徳はいくつもの悪行を消し去るに値します。なぜかと言えば、正しい坐禅は、強大な禅定力を養うことができるからです。
     (いちざの こうを なすひとも   つみし むりょうの つみほろぶ)
 段12   悪趣いずくに有ぬべき
  浄土即ち遠からず
果たして、3つの悪趣など、どこに存在するのでしょうか? 西方十万億仏国土の彼方に、阿弥陀如来の住む極楽浄土がある、と言われていますが、そんな気の遠くなるような世界に行けるとでもいうのでしょうか? ひとたび坐禅をするならば、それは私たちの妄想に過ぎないことが解るはずです。なぜなら、坐禅をしている間は、心は静寂であります。静寂な心の中が、極楽浄土そのものだからです。禅定力があれば、どんなに汚れた世の中にいても、この場所がそのまま清浄なる世界であることに気付き、阿弥陀如来と自分とが一体であることに気付くからです。
     (あくしゅ いずくに ありぬべき   じょうど すなわち とおからず)
 段13   辱なくも此の法を 幸いにも私たちは、釈尊の世から伝えられている、さまざまな説法を、「お経」という形で読むことができます。お経を読んだり聞いたりした時に、
     一たび耳にふるる時
     (かたじけなくも こののりを    ひとたび みみに ふるるとき)
 段14   讃歎随喜する人は もしもあなたが「有り難いなあ」「うれしいなあ」と思ったとすれば、それは釈尊の感じた幸福感と、全く同じものなのです。
     福を得ること限りなし
     (さんたん ずいき するひとは   ふくを うること かぎりなし)
 段15   いわんや自ら回向して
  直に自性を証すれば
ましてや、自ら率先して読経をして、その功徳を、世の中一切全てのものに与えたい、と願うなら、その慈悲心こそが仏心に他ならないのです。私たちには、真実の清浄な心が備わっていたのだ、と確信するはずです。その真実の心に、聖人・凡人の区別があるのでしょうか? このような区別や、善悪などの差別を超越した、ただ1つの仏心があるのみです。
     (いわんや みずから えこうして   じきに じしょうを しょうすれば)
 段16   自性即ち無性にて その仏心は、形なく、得ることも、失うこともない、老若男女の別もない、生まれたままの純粋な心、捉えようにも捉えようのない、無心の心であります。そう自覚して得られた仏心は、他人には説明のしようがない、説明など不要な仏心であります。
     すでに戯論を離れたり
     (じしょう すなわち むしょうにて  すでに けろんを はなれたり)
 段17  因果一如の門ひらけ
 無二無三の道直し
善い行いには、善い結果が得られます。悪い行いには、悪い結果が待っています。苦しみに直面した時、その苦しみには必ず原因があります。釈尊の言われた原因と結果の関係は、それぞれを縁によって結びつけています。種をまき、実を収穫するまでには、そこに、土壌・水・日光などの善い縁がなくてはなりません。私たちは、ともすれば結果ばかりを追ってしまいますが、因 → 縁 → 果 という一連のプロセスが大切なことは、もうお解りかと思います。では、原因と結果の道理からは逃れられないのでしょうか? そうではありません。因果の道理そのものは、大切な教えですが、これにとらわれている間は「迷い」であり「苦しみ」であります。それは、因と果とを、区別して考えているからです。区別するということは、つまり迷っているということです。禅定を養うことによって、このような区別から離れるのです。因/果、苦しみ/幸せ、と区別して考えている心は、私たちの心に他ならず、それは仏心にも違いないのです。禅定により区別を離れるならば、苦楽も一体、因果も一体、迷いすらも仏心と一体です。区別や差別を離れて、平等の入口を開けるならば、その先には、一本の真実の道が、まっすぐ延びているのみです。2つ、3つと分かれる迷い道など存在しないのです。
    (いんが いちにょの もんひらけ  むにむさんの みちなおし)
 段18  無相の相を相として
 行くも帰るも余所ならず
では、迷いを断ち切り、禅定力を養うためには、どうしたらよいのかを考えてみましょう。1つめは、「目で見えるものの、姿・形にとらわれないようにする」ということです。この世に永遠のものはなく、形あるものは全て、常に変化しています。永遠不変のものはない、と考えることにより、煩悩・執着から離れることができるのです。煩悩・執着がなければ、欲望を抑えることができるのです。そうすれば、私たちの心は、どんな場合でも乱れることがないのです。とらわれを離れた心は、平安な心であり、「いつ」「どこで」「なにをして」いようとも、まるで我が家でくつろいでいるような安心感があるのです。
    (むそうの そうを そうとして  ゆくも かえるも ことならず)
 段19  無念の念を念として
 謡うも舞うも法の声
2つめは、「心で感じたこと、一念一念を悪く考えないようにする」ということです。私たちの脳は、絶えず思考をしています。一瞬ごとの思考、すなわち一念の積み重ねによって、記憶・学習をしています。しかし、もしも悪い念が積み重なったとしたら、そうして造られた記憶・学習は、悪い結果を招くことは明らかです。そう考えると、たとえ僅か一念でも、苦しみの原因になり、積もった念、すなわち、出来上がった記憶は、苦しみの結果となるわけです。一念に振り回されないことです。少なくとも、自分の記憶と、他人の記憶は、全く異なるものであり、他人が自分と同じ事を考え、行動するなどとは考えないことです。そのように毎日努めるならば、他人の言動に一喜一憂することなく、仮に苦言を聞いたとしても、大切なアドバイスだったと、肯定できるはずです。見るもの、聞くもの、全てが新鮮な法話であり、立ち居振る舞い、どれをとっても、仏祖の行いと変わらないのです。
   (むねんの ねんを ねんとして  うたうも まうも のりのこえ)
 段20 三昧無礙の空ひろく
四智円明の月さえん
このようにして養った禅定力を用いて、精神を統一してみましょう。身体中の感覚(眼で見る・耳で聴く・鼻で嗅ぐ・舌で味わう・皮膚で感じる・心で認識する)はそのままに、心を集注して、意識を乱れないようにするのです。それは一切のとらわれを離れた、自由自在の境地です。雲一つ無い青空が広がっているかのように、煩悩の無い、晴れやかな心になっているでしょう。さらに、仏心から出てくる4つの智慧を信じることです。それは、【1】真実を見つめて、清い心を持つ(大円鏡智)、【2】我見・差別を捨てて、慈悲の心を持つ(平等性智)、【3】道徳行を無心でする(成所作智)、【4】物事を正しく判断して、不安を取り除く努力をする(妙観察智)、これら4つの行いを、自分・他者の区別無く、行おうとすることです。この4つの智慧は、迷いの暗闇を明るくする光です。4つの智慧が相結ぶ時、あたかも中秋の名月のように、智慧の光は冴えわたり、たとえどんな困難に遭っても、真実の道を明るく照らし現してくれることでしょう。
  
    (ざんまいむげの そらひろく  しちえんみょうの つきさえん)
 段21  此の時何をか求むべき
 寂滅現前するゆえに
ここまでくれば、もう迷うことはありません。真実を、遠く離れたところに求める必要はありません。求めるどころか、おのずから目の前に広がっているのです。苦しみは消滅し、無念無相の世界が、静かなる大海のように広がっているのです。
    (このとき なにをか もとむべき  じゃくめつげんぜん するゆえに)
 段22  当処即ち蓮華国
 此の身即ち仏なり
私たちの日常そのものが浄土であり、日々が好日にして、幸せな毎日です。眼で見ること、耳で聞き取ること、身体で感じること、その全てが、仏祖と何ら変わらない生活であり、この自分自身こそが「仏心」そのものなのです。(訳おわり)
    (とうしょ すなわち れんげこく  このみ すなわち ほとけなり)

 孔子     孔子の言葉   2

  子曰く、吾、十有五にして、学に志し、三十に而て立ち、四十にして惑はず。五十にして
  天命を知る。六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従へども、矩を踰えず
「子曰く」:              孔子は言いました
「吾十有五にして学に志し、」:  私は15歳ぐらいで勉強頑張るぞと決意し、(貧乏だったそうです)
「三十にして立ち、」:        勉強頑張った後、活躍しようと社会に出て、
「四十にして惑わず」:       惑わず=本質が見えてきたと取っておきましょう。
                     働く中で社会の現実や問題が見えてきたと
                    言うのが妥当だと思います。
「五十にして天命を知る。」:    50歳で、(やっと)自分の成すべき事、やるべき仕事が見えてきた。
                     天命=使命です。
「六十にして耳順う。」:      人の言葉(忠告や警告、はては中傷ややっかみ)を素直に聞き、
                     自分の糧にすることが出来る
                    ようになった。
「七十にして心の欲するところに従いて矩をこえず。」:  そうして70歳の頃には、自分の思う通りに行動しても、
                     道理や礼儀から外れず、良く生きることが出来るようになった。
                     論語⇒クリック

 徳川家康名言

 人の一生は重きを負うて遠き道を行くがごとし。
 急ぐべからず。
 不自由を常と思えば、不足なく心に望み、
 おこらば困窮したる時を思い出すべし。
 堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。
 勝つ事ばかりを知って、負くる事を知らざれば、害その身に至る。
 己を責めて、人を責むるな。及ばざるは、過ぎたるより優れり。
 人生に大切なことは、
  五文字で言えば「上を見るな」。
  七文字で言えば「身のほどを知れ」。
 大事を成し遂げようとする者は、
 本筋以外のことはすべて荒立てず、
 なるべく穏便にすますようにせよ。
 滅びる原因は、自らの内にある。
 いくら考えても、どうにもならぬときは、四つ辻へ立って、杖の倒れたほうへ歩む。
 重荷が人をつくる。身軽足軽では人は出来ぬ。

 最も多くの人間を喜ばせたものが、最も大きく栄える。
 誠らしき嘘はつくも、嘘らしき真を語るべからず。
 決断は、実のところそんなに難しいことではない。難しいのはその前の熟慮である。
 世におそろしいのは、勇者ではなく、臆病者だ。
 あぶない所へ来ると、馬から降りて歩く。これが秘伝である。

 愚かなことをいう者があっても、しまいまで聴いてやらねばならない。
 でなければ、聴くに値することを言う者が遠慮するからだ。


 仏門に入って悟りを開くなんて、あまり無理はしたくはない

 若いうちは、嫌なことを嫌というほど沢山経験する
 ところが、そうこうするうちに、良いも悪いもやがて
 歳をとる

 自分自身がゴミ同様になって、だんだんあの世も近くなる
 そうなると大して努力せずに、当たり前に、次々に煩悩やら何やらかんやら捨てていく
 捨てた山のような欲望や煩悩などは、ゴミのように捨てられ埋められ・燃やされていく

 いつしか気づくと、身体も細り、自分自身の心も、ふーっと軽くなっている
 他人のやることに怒りを覚えるなんて事も、だんだん感じなくなる
 人の煩悩や欲が減れば、いつしか資源の無駄使いや地球の汚染も減るというものだ

 貴方はまだしっかりお若い(お若いと言ってもかなりだが)

 仏門なんかに入るというような人は、死ぬまで捨てきれんほどの沢山の苦悩や煩悩をかかえて
 あたかもゴミ屋敷の住人のような探究心の塊のような人がやるものだと思えばよい
 そういう人は、えてして老いても仏門に入るだけの気力も体力も有り余っていると見える

 私なんかは気力も体力もないから、せいぜい禅僧の暮らしを少しだけ真似るくらいのものしかできない
 まあ凡人のまま健康に老いていけば、仏門なんかにわざわざ入る必要もない
 清く・正しく・つつましく・健康であればと思う私でございます。

 煩悩と言えば
 質素な食事を三度三度食べられること、老いた身体を動かすこと、テレビやネットを見るくらいのもの
 時々ごくごく小さな贅沢をすること(大福を一個喰う程度の)あれこれ人生について考えることぐらいかな

 二宮金次郎に学ぶ
 @大農は草を見ずに草を刈る、中農は草を見て草を刈る、小農は草を見ても草を刈らず
 A貧富の分かれ道「遠きを図る者は富み、近くを図る者は貧す」
 B人の道はもっぱら至誠と実行にある
 C読書や思索は縦糸であり、実践は横糸である
 D「天道」と「人道」は同じものではない。自然が天道で、作為に努めるのが人道
 E分度を慎んで守りさえすれば、余財は日々生じて、国を富まし民を安んずる
 F国や家の衰廃を興そうとするには、何よりもまず分度を立てるがよい
 G仏教では過去・現在・未来を説くがそれらはそもそも1つのものである
 H吉凶好悪は「我」に生ずる。「我」がなければ吉凶好悪はあり得ない
 I日夜炎々たる欲情の中にあって、毅然として動かないことが、不動の徳
 Jきちんと立脚地を定めるべきで、定めずに善悪得失を論じても仕方ない
 K天地は万物を形造るが、もともと増減がなく、損益もない

 その他各種人生支援(総合支援か個別課題支援) ⇒
       人生・会話・老後・健康・体操・経営・管理・事業・資産・田舎暮らし・
  講座・講話・勉強会も可能です     パソコン・ホームページ・ブログ・・ISO・大工・文筆・精神・老後・・・)
※会員の要請に応じて支援します ⇒ 何でもよろしいので、出会いのきっかけになれば幸いです
 @会話能力向上支援
 Aインターネット・パソコン操作支援
 B健康体操支援
 CVE/IE/ISO/その他管理技術・マネジメント支援
 D田舎(山)暮らし支援
 E老後の生き方支援
 F自宅を住みよくプチリフォーム・片付け診断・提案
 G東京人が京都にうまく溶け込むための支援
 H仕事や職場の悩み相談
 Iログハウスや田舎の土地購入時立会い
 J素人大工の支援
 K京都案内・安曇川案内
 L東京案内特に浅草・上野・銀座案内
 Mその他全般の支援・お手伝い(例:文書作成・お悩み聞き役・部屋の片付けレイアウト変更・
   老人バイク・確定申告・資産管理・・)

禁句は人生に必要だ、それくらい人間はだらしない、駄目、弱い

しんどい日々、人はついつい、マイナスなことをかなり頻繁に口にする
知りません、わかりません、出来ません、やりません、面倒臭い・・・
そういう言動が多い人は、社会でも扱い難い、付き合い難い

とは言うものの多少の差はあるが、人というのは皆弱いものだ
社会というものは、こういう言葉を使わない日がないくらいしんどい
社会人特に大都会の人間ほど、ついつい身についてしまっている
これらの言葉を発しないのは簡単なようで案外難しい
何故ならば、現代人は悩みが多く、自分の思うようにならないことが多い

これらの言葉は自分の駄目さの言い訳に過ぎない、逃げに過ぎないのだが
満たされぬ日々、思うように行かない日々、つらい日々の結果である
つらいものをつらいと言うのも致し方ない、誰にもあるから否定は出来ない
でも、やはり、こういう言葉があまりに安易に多く口にする人は
元気がない・暗い・やる気がない・消極的・付き合い難い・進歩成長がない

「今でしょ」とばかり、全部そういうマイナス言葉を一挙に止めるのは難しい
そんなことしたら、弱い人ほど逆に、多分ストレスで精神的に参ってしまう
暑い夏に暑いと言っても、どうなるもんでもないが、「暑い」と言いたいものなのだ
こういうマイナスの言葉は、癒しというか麻薬的な働きをしているのだ
一時的にしろ自分の心を和らがせる、言わずにはおられない日々なのだ

でも、そうは言うものの
マイナス言葉を発する毎日はやはり自分自身の至らなさの現れだ

麻薬同様にこういうマイナス言葉に頼り過ぎるといつしか知らぬ間に中毒者になり
一日中何かというと、こういうマイナス言葉ばかりが口から出て来る
そして更に自分を小さくし、いつまでも、苦と悩みに追われ続けるのである⇒壁貼り用はクリック

マイナス言葉
 @知りません
 Aわかりません
 B出来ません
 Cやりません
 D面倒臭い
 Eしょうがない
 Fしんどい
 G良い悪い
 Hもっと
 I絶対・皆・すごく
 Jつまらない
 Kどうしようもない
 Lに決まっている
 M少し待って
 Nまさか
 O〜のせい(弁解)
 Pうるさい
 Q無理・無駄
 Rどうでもいい
 S恥ずかしい・恰好悪い
その他あまりに多くのマイナス言葉があるので思い出して追加下さい

かつて大学を出て入社し、配属先の部長に言われたことが未だに忘れられない
「知らない・分からない・出来ないを絶対に言うなよ」でした
そのたった一言が、何故かなんとその後ずーっと私の人生を導いて来た
不思議なものだ、大した言葉でもないのに、いつも心にひっかかり続けて来た

このアドバイスは、未だに完璧に実践できていませんが、それでも
自分の生き方にかなり継続的に影響を与え続けたことは否めない
禁句というと後ろ向きに聞こえますが、さにあらず、愚かな人間には有効だ
座右の銘ほどではないが
自分なりの禁句をしっかり頭にたたきこみ、染み込ましておかないと人は弱い
日々暗唱するとか、壁に張り紙するとか、何かの時に思い出す心掛けが大事

この他に壁に張るような言葉で昔からよく使われる言葉も合わせて挙げておく

昔からよく使われる言葉
 @禁煙・禁酒・禁欲
 A分散・バランス
 B倹約・貯金
 C節制・自制・自省・自戒
 D一日一改善・一日一善
 E腹八分目
 F節約・節電・節水
 G継続・永続
 H早寝早起き
 I謙虚・実直・誠実・堅実
 J熱意・情熱・信念
 K規則厳守
 L予防・防火防災
 M検査・点検・早期発見
 N目的・目標・計画
 O我慢・辛抱・忍耐
 P努力・勤勉
 Q塾考・熟慮
 R基礎・基本・土台・原点・初心
 S整理・整頓・清潔・清掃
日頃どうしても安易に流れる人は是非壁に貼って、
日々見るくらいされたらいかがでしょうか
というかそれくらいしないと
人間は確実に転落していくものだ

自分を直すのに適当、いい加減、中途半端はいかん
それならやらないほうがましだ、ダイエットのリバウンドのようなもの
厳格に禁じる、大きく変える⇒そういう積み重ねが人間を成長させていく
つい麻薬やたばこ一本で、3か月1年やった禁麻薬や禁煙が無駄になるどころか
むしろ以前よりヘビースモーカーやより重症の麻薬患者にさせてしまうのだ

人間、このお粗末君

人間は何だかんだ言って、死ぬまで、お粗末な状態が続くものだ
お粗末な人間ほど良くなる余地が大きいのに、むしろ、更にお粗末になり
お粗末でない人間は、そのくらいで良いのに、自分のお粗末さに気付き直そうとする
お粗末でない人間ほど、その遠い道のりや困難さを認識し頑張る

お粗末な人間には、正直な話、何言っても無駄である、そんなもんだ
そうは言うものの
何等かのきっかけで自分のお粗末さに目覚めないとは限らない

私も、そのお粗末な部類で、一生かかっても治らないと思っている一人だが
最近、可能な範囲で更にお粗末にならないよう、少しでも真っ当になろうと頑張っているが、
ひょっとして悪あがきなのかもしれない、無駄な抵抗なのかもしれない

まあそうは言うものの、私なりの人間の弱い部分を紹介すると
とりあえず50個出したが、他にあったら教えて戴きたい

人間の弱い部分
  1.勝ち負けにごだわる
  2.恥ずかしがる
  3.体裁を繕う、いい恰好し
  4.怯える、不安がる
  5.一喜一憂する
  6.欲張る、欲求不満
  7.嘘・誤魔化をつく
  8.けち・出し惜しみ
  9.先々の心配をする
 10.失敗をいつまでも悔いる
 11.淫ら
 12.無駄をする
 13.無理をする
 14.焦る、急ぐ
 15.怠ける、楽する
 16.現在過去に捉われる
 17.逃げる
 18.依存する
 19.過ちを繰り返す
 20.切れる、怒る
 21.無用なものを捨てない
 22.愚痴を溢す
 23.我がまま
 24.だらしない
 25.飲酒、喫煙
 26.軽率
 27.不自然
 28.冷淡、非情
 29.こだわる、縛られる
 30.苛める
 31.威張る、傲慢
 32.衝動的、無謀
 33.迷う、躊躇する
 34.迷信、妄想
 35.固定観念に捉われる
 36.頑固、依怙地
 37.言い訳する
 38.甘える
 39.騙される
 40.懲りない
 41.引き篭もる
 42.諦める、飽きっぽい
 43.我慢できない
 44.利己的
 45.注意散漫
 46.意気地なし
 47.自己愛
 48.不規則
 49.不健康
 50.雑

正直、5段階評価で全てせいぜい0点か1点だが、せめても2点か3点にはしたい
4点とか5点はかなりハードルが高い、死ぬまで頑張ってもせいぜい4点に行けば凄いほう

自分もそうであるが、他人でもかなりお粗末な人は多い
自分のお粗末さを徹底して直し、他人のお粗末さにも巻き込まれないように注意が肝心

私の直し方は、かなりいい加減なものだが、例えば
  1.勝ち負けにごだわる については
日頃そういう事象について意識して、こだわりを捨てる努力を一つづつやっている
まあ、厳しい修業なんか出来ない自分であれば、せいぜいできるのは、そんな事ぐらい
でも、当初は不可能に思えたことが、最近では少し前進を感じてきた、まあやってみるものだ

他も同様である、各項目について、まずは徹底的な深い反省である
適当な妥協は駄目で高いレベルと自分の低レベルの状況を比較し、冷静に評価することである
そうして診ると、まあ相当にひどいレベルの低い自分に嫌気がさすほど実感する
でもそれで良い、その大差を認識することが出発点であるから
大差を強く認識し到底不可能だと絶望するくらいに自覚することが大事だ

あとは、そのあまりにも大きな差を強く意識して少しでも縮める努力をするだけだ


自立度チェック表
反省と日々改善
◎5点   ○4点 □3点 △2点 ×1点
項   目 息子A 息子B 娘C
年齢⇒  69 38 36 34
@ 経済の自立 ×
A 財産形成面の自立 ×
B 精神の自立 ×
C 整理整頓清掃の自立 ×
D 炊事・洗濯の自立 × ×
E その他の家事の自立 × ×
F 人間関係の自立 × ×
G 結婚し親としての自立 × × ×
H 住まいの自立 × ×
I 健康面の自立 ×
J 事故・災害予防の自立 ×
K 仕事の自立 ×
L 清潔の自立 ×
M 管理の自立 ×
N 家族関係の自立 × ×
O 専門・資格・力量の自立 ×
P 行動力の自立 ×
Q 先見性の自立 × ×
R 依存からの自立 ×
S 忍耐力の自立
総合点 96 21 47 44
年齢補正後 96 23 52 48
自立度 完成 幼児 青年 少年

※年齢補正係数:〜25歳1.3、〜35歳1.2、〜45歳1.1
評価 〜20点赤ん坊 〜30点幼児 〜40点子供 〜50点少年 〜60歳青年
〜70点普通の大人 〜80点かなり大人 〜90点立派な大人 〜100点完成

私なりに自分の人生を評価する方法を一つ提案
どれだけ厳しい人生を乗り越えて、苦難に耐える力をつけているか?
チェンジという言葉が一時はやったが、変革・変化をどれだけしてきたか?
精神力アップ+忍耐力アップ(ワクチン予防注射のようなもの)

次の事項に3点法で点数をつけて合計する
合計を3で割る10点に近いほど密度の濃い人生と言えると思います

 @3つ以上違う県に住まいを変わる   
 A会社を3つ以上変わる   
 B仕事・専門・職種を3つ以上経験する   
 C大病・大怪我を3つ以上する   
 D大失敗・大挫折・大事故・大損害を3つ以上する   
 E親しい人との大きな別れを3回以上する   
 F家族のことで大きな苦労を3回以上する  
 G尊敬できる人又は軽蔑する人に3人以上長期に付き合う   
 H新しい技能や資格を3つ以上取得する   
 I結婚し1、子どもを産み2、子供を自立させる3   

3つに統一したためやや甘いものもあるが、まあこの評価は
最低限の自己評価、自己確認であるので、その点を納得戴きたい
3つを5つに厳しめに変えて評価してもよろしいかもしれません
但しカウントにはあまりに小っぽけなのは無視してほしい

基準を3つに統一した、その結果もあって
私の場合はどうやら10点満点だが
必しも現状で、完全に満足しきれるものではない
まだまだ、大人としてやっと半人前のような気がしている
もし点数が10点に満たず低い人は、まず10点に近づける努力をしてほしい
自分を客観的に診て評価すると自分に自信を持てたり又は問題意識を持てる

点数が10点に近い人は、「自分は苦労ばかり、暗い人生」と悲観せずに
むしろ、自分にもっと自信を持ってほしいものだ
すすんで苦労をする、大きな挫折も笑顔で乗り越えることが大事だ
現状に甘んじたり、殻に篭って、何かあると、
そのたびに大きく沈んでしまう人間には、いつまでも幸せや安心の境地はやってこない


■ 年齢と自覚の深まり
環境変化 大きな体験 苦難
誕  生
およそ20歳 第一自覚(かなり粗末なもの)
   (春)   ↓
およそ40歳 第二自覚(やっとそこそこ)
   (夏)   ↓
およそ60歳 第三自覚(まだ自覚の質は低いが)
   (秋)   ↓ここで止まる人が多い
およそ70歳 ある限界を超えて深く自覚
(かなり劇的な自覚の大変革)
   (冬)   ↓
およそ90歳 死ぬまで深まっていく
(ある程度人生を究めた人のみ)
  (終末)   ↓
安心立命安らかに死んでいく


安易に信用しないことが大事な時代になっている  2013-08-21 09:42:15 |人生
頭から信頼・信用できるものが信用できなくなっている
しかし未だに疑いなく信じているまたは簡単に騙されている人も多い
私が最近信用しないものは次のようなものである
 @親子関係
 A結婚・夫婦関係
 B老後
 C円(貨幣)
 D都会暮らし
 E大企業
 F真面目人間
 G美女・美男
 H宗教・僧侶
 I政治家
 J役人・警察官
 K先生・有識者
 L西欧人・西欧的な暮らしかたや考え方
 M保護・補助
 N芸術・書画骨董・音楽・工芸
 Oマスコミ・テレビ
 Pミリオンセラー本
 Qプロスポーツ・オリンピック
 R科学技術
 S成長・進歩
信用するにはよほど慎重さや状況判断が必要だ
嫌な時代になったとも思えるが
昔のように鵜呑みで信用していたことが不思議だったのかもしれない
それほど世の中は自由主義や民主主義やグローバリズムに翻弄され歪められている

でもそういう世の中でも真っ当に生きていかなくてはならない
「嫌な時代だねー」
なんて逃げていてはならない
「嫌な時代にも自分だけでも真っ当に生きていこう」
でなくては

そのためには自立/自律しなくてはならない」
しっかりとした自分を持たなくてはならない
そうは言うものの世の中が乱れているから、かなり難しい
勉強し自分で判断しなくてはならない、誤魔化され、騙されても屈することなく頑張りましょう

都会に暮らす人へ、宗教に関する私の考え方 2013-05-21 09:53:20 | 人生村上和隆 

有名な教団の方が訪問され、宗教の布教に来る方の話しを聴くことがありますが
じっくり聞けば聞くほど怪しげなことが多いですね、呆れるほどです
自分で真剣に検証し消化されていないまま、鵜呑みした教義をただ伝えるだけなんです
そこで、そういう布教者の話を参考に、私なりの考えを紹介しておきます
宗教に勧誘された場合に、自分のしっかりした考えを持っていないと
怪しげな宗教に入信し、場合によっては、むしろ不幸をもたらすことになりかねません
何にせよ、この際自分なりの人生観や宗教観を持っておきましょう

問1:神(創造主)はいるのか、神か?
  ⇒答え:当然います。ただ神というのは人間のようなものではないし、神がかった怪しげなものではない
     自然の力が何十億年かけて地上の生き物を進化させてきました、自然なり宇宙の力が創造主です
     一般の人にも分かりやすくするために神の像や御札お守りを用いることが多いですが、
     それらはあくまで便宜的な手段に過ぎません、目に見える形あるものや人ではありません
     従って可能であれば、私のように山や自然の環境で住むことが神を知る一番の近道です
     麻薬を吸いながら正常な人間になりたいとあがく麻薬中毒患者に似ています、麻薬を断つために施設に入り
     麻薬を遮断して暮らすことが大切です、嘘・誤魔化しの暮らしをしながら信仰を求めるのは無理があります

問2:キリスト・仏陀・マホメットは神(創造主)か?
  ⇒答え:神の子であって、人間に過ぎない、ただ相当レベルの高い人であるが
     その弟子の書いた経典は長い年月で大きく歪められて伝わっています

問3:都会に神はいるのか?どこにいるのか?
  ⇒答え:「都会には神はいない」と考えるでべきです、都会は嘘・誤魔化のるつぼです
     ですからいろいろな宗教(中には怪しげな)がはやるのです

問4:神が人間を作ったんですか?
  ⇒答え:神=創造主=自然が造ったのですが、得たいの知れぬ○○様が造ったというようなのはまやかし

問5:人間の生きる目的は?
  ⇒答え:生きること自体が目的、それ以外にはない、死ぬのは論外、必死に生きなければなりません
     「私は働けないしお金を儲けていないから生きる値打ちがない」なんてのは大嘘です
     成功.幸福.名声など淫らな欲望は一時的目標にはなりえますが、人生の真の目的ではありません

問6:人間は死ぬのか?
  ⇒答え:当然高齢になって死にますが生き物は子孫を残し引継ぐ、種が絶滅したらそれが本当の死です
     生き物を見ていると自分の種・子孫を残すことにかなりの力を注ぎます
     子孫や人類が死にたえ絶滅したら、それが死を意味します

問7:地上天国はどこにあるか?
  ⇒答え:宗教団体によってお金をかけ広大な地上天国を箱物で造りますが、そういうものはまやかし
     自分で地道に造り上げるべきです、私の住む滋賀県の山は私自身の地上天国です

問8:宗教は信じてよいのか?御札や礼拝や賽銭は意味あるのか?
  ⇒答え:僧侶になるような人は除きますが、一般の俗人が宗教に依存するのはどうですかね
     宗教は悩みで充満する都会の人のために便宜的にあるので、無暗矢鱈にのめり込まないほうが無難
     御札や礼拝や賽銭や金品のお布施なんかは、ほどほどに
     気休めであって、凡人がお願いするようなことで神のご利益なんて絶対にありませんからね
     勉強するのは良いとして安易に宗教に依存せず、日々しっかりさせ真面目に謙虚に生きることです

問9:入信し経典を勉強すれば人間は幸せになれるか?
  ⇒答え:最近いろいろな新興宗教に入信し被害にあっている人がいますが、
     無暗に安易な入信をするのでなく、まずしっかり修行・苦労・経験を積んでからが良いと思います
     禅宗で言うように「不立文字教化別伝」日がな一日机に座り、難しい経典を読むだけでは悟れない

問10:人間はどこに生きるべきか?
  ⇒答え:都会は、嘘・誤魔化のるつぼ、可能であれば私のように山など自然界で暮らすのが理想です
    都会に暮らすと、どうしても不自然さや嘘・誤魔化から逃れることは出来難いですね

問11:人間はいかにいきるべきか?
  ⇒答え:自然に交わり、自然に学ぶ、あくまで自然な暮らし方生き方をすべきですが
     現代の都会はあまりに不自然過ぎます、不自然な生き方をあまりしていると神からますます乖離する

問12:人間は神の子か?
  ⇒答え:人間は神にはなれません、しかし禅宗で言うように仏(神の子)には近づける
     また神に近づかなければなんのための人生か?つまらん人生で終わってしまいます
     また、そういう意味ではキリストも仏陀もマホメットも基本的には我々人間と同じレベルです

問13:神は人を助けるか
  ⇒答え:助けてはくれません、助けるとすれば自ら自然に従った生き方をする場合だけです
     不自然な生き方をしている人に神の加護はありえません
     「天は自ら助ける者を助ける」と言うでしょ

問14:神に出会うには
  ⇒答え:自然に生きる、自然に暮らすことです
     都会の暮らし、過剰な便利さや物質的な豊かさ、楽の追及は禁物です
     理想的には田舎の山で不便な暮らし、過度に依存しない暮らしをすることです

問15:一生懸命努力していれば神が見放すことはないのか?
  ⇒答え:人間の知恵は皆浅知恵です、ほとんどが間違いです
     それに対して自然は100%間違いがありません
     ところが真面目な人間ほど悩む・神を疑うのです 
     それは、人間の浅知恵や嘘・誤魔化を安易に真実・真理と誤認識しているからです
     人間の驕り・怠慢・思い込みが大きい、神はそんな人間はどんどん見放します
     「神に見放されている」と思っている人は自分の生き方暮らし方を抜本的に見直すべきです

問16:人間の正しい生き方は?
  ⇒答え:現代人は田舎や山から離れて暮らしてきました
     集団就職など田舎から我も我もと都会に意味族大移動してしまいました
     そして経済成長し、気付ば殺伐とした都会生活・膨大な借金・貧困・鬱病・自殺・・・
     もう一度自然というものを見直す、自然の環境に暮らす、自然に学ぶことです

問17:現代人の問題は?
  ⇒答え:現代人は都会に暮らし、物質的な豊かさや便利さを手に入れました
    その見返りとして、次々に沢山の壁を作り、孤独・孤立に追い込みました
    ベルリンの壁は壊されたが、現代人の心の壁は益々増え、高くなって行く
    昔都会でも壁はなく近所が親子同然・親戚同然の付き合いをしていましたが
    現代は親子さえ・隣近所さえ挨拶も話しもしない時代になったのです
    あまりにも多い不自然さと壁、世の中が対策をするほど不自然さと壁は高くなっている 

私は都会を離れ山で14年暮らしてきましたが昔から修業のために山に入る修業僧の気持ちや
意味が少し分かったような気がしています。都会の嘘・誤魔化や快楽に溺れているのはどうでしょう?
都会で暮らしていると悩みぬいた末、安易に新興宗教に依存したり、
むしろ、怪しげな宗教に強く束縛され、かえって不幸になってしまう人を多く見かけますね
自分の生き方や暮し方が出鱈目というのが実態ではないかと思います


宗教も諸刃の剣
また布教している人も都会人が多く
創造主たる自然から遠ざかり都会の便利さや快楽に埋没し
さして苦労や修業をしていない
単なる布教をさせられているに過ぎない人がいますから
くれぐれも誤魔化されないようにして下さい

宗教も薬同様に、人によって程よく効果のある人やむしろ自分を駄目にしてしまう場合もあります
自然な環境に暮らし汗水たらし質素・真面目・素直・堅実・健康に暮らすのが一番なんですがね

提言       自分なりに出来る範囲で必死に人生を追究するために仏教や禅を応用する

座禅の修行は、確かにかなり難しいので触れませんが、私が大事な考えと認識していることは
ただ、座禅の考え方なりを自分の人生のモットーとして自覚することは有意義なことだと推察する
しかし、あくまで考えだけのことで、これを日々淡々と実践していくことが大事だと思っている
我々一般人は、手軽の自分なりにモットーを掲げ、ひたすら実践の努力を続けるしかないのだろう

1)物事について無・空・不・虚の面を観る
2)人間が本来持って居る仏性・仏心に目覚める
3)あまりに恵まれ、多忙で、欲望に満ちた現代において見失った自己に出合う
4)自分のことは自分でする、安易に依存しない、甘えてはいけない
5)断捨離・整理整頓清掃
6)あれこれ捕らわれず、自由自在に動く

7)自分中心に考えたり行動することを止める、自我を捨てる
8)固定観念や過去に縛られない
9)心身の安らぎを得る、心身を乱れさせない
10)他人を責めない、批判しない
11)当たり前に日課として、家事、作務、実践する、普通に生きる、暮らす
12)妥協や誤魔化しを戒める

13)難関を乗り切る、いちいち困難に負けたり、悩んでいない、工夫する、やってみる
14)物を大切にし、欲張らず、足るを知る
15)何事も、手を抜かず、真剣かつきちんとやる
16)誰とも気軽に会話し、友となる
17)偏らない、行き過ぎない、バランスをとる、中庸
18)合理主義・科学主義・発展主義・欧米主義に振り回されない


これらの考えの実行も単に表面的・断片的にやるのでは効果がない、深く味わって日々深めていく
厳しい修行は出来ないが、厳しい修行をしているような感覚でいろいろ実践をしないといけない
自我⇒エゴ⇒閉鎖的・孤立的⇒闘争的⇒自我を主張⇒経済発展・技術進歩⇒見かけの豊かさ
禅を手本に、人生のあらゆる場面で厳しい修行に耐え、自分を知り、自分を深め、高めて行くべきだ

お勧めの本(是非一度早い時期にお読み下さい)

    分類総覧禅語の味わい方  ⇒  クリック
    ZEN 道元の生き方?「正法眼蔵随聞記」から 角田 泰隆⇒クリック
    
道元入門講談社現代新書 秋月 龍みん   ⇒ クリック
      
禅語の味わい方 西部文浄  ⇒クリック
     
禅の名言・禅の生き方  松原泰道
    
道元禅語の言葉 境野勝悟  ⇒クリック 
    
子育て広場  辻井いつ子  ⇒クリック

    隻手の音なき声 リース・グレーニング  ⇒クリック 
    諸葛孔明   ⇒クリック 
    武士道   新渡戸稲造   ⇒クリック
    二宮金次郎に学ぶ経営の知恵 大貫 章   ⇒クリック
      涙骨抄『生きる知恵』:真渓涙骨(山折哲雄監修)  ⇒クリック)  ⇒
      捨てちゃえ捨てちゃえ  ひろ さちや
      悠々烈々   松野宗純   ⇒クリック

      トヨタ式最強の経営 柴田昌治・金田秀治   ⇒クリック
      トヨタ流成功ずる自分づくりの法則 若松義人 ⇒クリック
    仕事ができる人できない人  堀場雅夫  ⇒クリック
       甘えの構造 土居健朗    ⇒クリック

    ほんまもんで生きなはれ 村瀬 明道尼  ⇒クリック
    おしんの遺言    橋田 壽賀子    ⇒クリック
    話す力が面白いほどつく本   櫻井 弘   ⇒クリック
    カウンセリングを考える上・下   河合隼雄   ⇒クリック
    カウンセリング入門   河合隼雄   ⇒クリック
    大人になれない若者たち  奥田良子   ⇒クリック
       サヨナラあきらめられない症候群   香山リカ   ⇒クリック

      悪いのは私じゃない症候群   香山リカ   ⇒クリック
      「むくわれない生き方」を変える本   香山リカ   ⇒クリック
      人生の成功者になれる人   渡部昇一監訳
      あなたは常識に洗脳されている    苫米地英人
      うつから救う言葉うつにする言葉   河野裕子   ⇒クリック
      「新型うつ病」を治す方法   税所 弘   ⇒クリック

    ラジオ等
    ラジオ深夜便   NHK   ⇒クリック
    健康ライフ・ビジネス展望   NHK   ⇒クリック
    ネット等
・  苛め問題解決   井澤 一明   ⇒クリック

荘子  荘子   荘子とは  ⇒クリック


仏教や禅から自分の生き方を学び、一般人として少しづつ確実に実践する

別に悟らなければいけないということもないが、せっかく戴いた人生、是非目指して欲しい
目下73歳、山の麓の田中という田舎町の平屋に移り住み、平静な心で老後を暮らしている
今の状況や心境を整理してみたので、下に掲載する
但し、この表のように直接的になろうと努力したり、無理して頑張るのは悟りから遠ざかるだけ



私の体験では、悟りそのものを求めては達成できない、むしろ悟ることさえも忘れて修養
多分、理解し難いと思うが、こればかりは頭で考えても分かることではない

禁ずることが出来ない,大幅に減らすのはもっと出来ない

次に掲げるのは、私が73歳にしてやっとできるようになったことです。
ちなみに床屋というのは自分でやっているということです。少子高齢化や経済停滞の日本では
輸入を減らすことが大事、そうすれば国内の景気や所得を増やすことや環境保全にもつながる


下記を印刷し、机や壁に掲げ、日々読み・実行して下さい



ほとけ・まこと・正しく・明るく・清く・自律・信頼・まこと・しんじつ・こころ・行い・健康・慎む・無心・学び・自省

壁にはる言葉⇒画像ですので取り込みdesktop背景や印刷できます



六道(ろくどう、りくどう)とは
仏教において迷いあるものが輪廻するという、6種類の迷いある世界のこと。

天道(てんどう、天上道、天界道とも)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)
仏教では、輪廻を空間的事象、あるいは死後に趣(おもむ)く世界ではなく、心の状態として捉える。
たとえば、天道界に趣けば、心の状態が天道のような状態にあり、地獄界に趣けば、心の状態が地獄のような状態である、と解釈される。

・天道  天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、
   また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。
   また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれておらず、
   仏教に出会うこともないため解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは5つの変化が現れる。
   これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、
   頭の上の花が萎む。
・人間道  人間道は人間が住む世界である。四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、
   苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。
   また、唯一自力で仏教に出会える世界であり、解脱し仏になりうるという救いもある。
・修羅道  修羅道は阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。
   苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。
・畜生道  畜生道は牛馬など畜生の世界である。ほとんど本能ばかりで生きており、
   使役されなされるがままという点からは自力で仏の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。
・餓鬼道  餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい
   餓えと渇きに悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。
   旧暦7月15日の施餓鬼はこの餓鬼を救うために行われる。
・地獄道  地獄道は罪を償わせるための世界である。詳細は地獄を参照のこと。

このうち、地獄から畜生までを三悪趣(三悪道、あるいは三悪、三途)と呼称し、これに対し修羅から天上までを三善趣と呼称する場合がある。また地獄から修羅までを四悪趣と称することもある。。
参考  仏教

「八大人覚」

@ 少欲とは仏道の妨げになるものを求めないこと
A 知足とは仏道を志す現在に悦びと誇りを持つこと
B 遠離とは煩悩の火から離れて遠ざかること
C 精進とは仏道に励むこと
D 不妄語とは正しい念(おもい)を続けること
E 禅定とは波風の立たない澄んだ心を懐くこと
F 智慧とは禅定より浮かんでくる真実のありさまがよくわかる智慧のこと
G 不戯論とは自分の自我から離れること。何といっても自分が一番かわいい、
自我が強いから人から疎まれるようなことをする。自我くらい始末の悪いものはない
お釈迦様がこの八大人覚を説かれてお亡くなりになられました。道元禅師も全く同じです。
お釈迦様に倣って道元禅師が最後に説かれたのが『正法眼蔵』の最後の巻である「八大人覚」です。

参考  正法眼蔵 八大人覚(はちだいにんがく)
少欲とは
財欲、色欲、食欲、名誉欲、睡眠欲(怠け心)の五欲

何時まで経っても少欲を捨てきれない、捨てられそうで捨てられない、悩むがなお捨てられない。
断・捨・離というがそんな簡単なものではない考え方でできるものではない。
いろいろな暮らし方や意識や行動を改革しないと、永遠に少欲はすてられないままうず高く貯まって貯まったまま死を迎えるものだ

四苦八苦とは

四苦とは・・「 生苦・老苦・病苦・死苦 」の四つです。
八苦とは・・「 愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦・」の四つを四苦に加えて八苦としました。


仏教の術語。釈迦(しゃか)は人生の現実を直視して、自らの思うままにならぬもの・ことの満ちあふれているさまをつきとめ、それを苦とよんだ。
それは自己の外部だけではなくて、自己の内にもあり、究極は人間の有限性とそれから発する自己矛盾とに由来する。
その苦を分析すると、
生(しょう)(生まれる)・老・病・死
の四苦が最大であり、
ついで、
 ・愛するものと別れなければならない(愛別離苦)、
 ・怨(うら)み憎むものと出会わなければならない(怨憎会苦(おんぞうえく)、
 ・求めても得られない(求不得苦(ぐふとくく)、
 ・いっさいは苦に満ちている(五蘊盛苦(ごうんじょうく)
の四つがあげられて、あわせて八苦とされる。
これらは避けようとしても避けられず、むしろそれら苦のありのままをそのまま知り体験を深めることによって、それからの超越すなわち解脱(げだつ)を釈迦および仏教は説く。
のちにこの四苦八苦の語は広く日常語化されて、とくに激しい苦をさしていうようになっている。

四つの諦

四つの諦たいを示す。これらは,「苦集滅道」と略称される。
苦諦(くたい) - 一切は苦であるという真理
集諦(じったい) - 苦には原因があるという真理
滅諦(めったい) - 苦は滅するという真理
道諦(どうたい) - 苦を滅する道があるという真理

釈迦はこの四諦のそれぞれを「示・勧・証」(知る・実践する・確認する)の「三転」から考察し(三転十二行相)、
如実知見を得たので、神々と人間を含む衆生の中で「最上の正しい目覚め」に到達したと宣言するに至ったとされる

四諦は釈迦が人間の苦を救うために説いた教えであり、あたかも医者が、患者の病気の何であるかをよく知り、
その病源を正しく把握し、それを治癒させ、さらに病気を再発しないように正しく導くようなものだ(応病与薬)と言われている。

釈迦は初転法輪において、まず迷いの現実が苦であることと、その苦は克服しうるものであることを明らかにした。
しかも、苦は単に苦として外にあるのでなく、我々がそれをどう受け取るのかで変わってくることを説いて、
「煩悩」こそがすべてを苦と受け取らせる原因であることを明らかにした。
したがって、この煩悩を正しく処理すれば、苦に悩まされない境地をうる。
その道は、いっさいの自己愛を捨て、他に同化することにあるので、その根本は自己の本姿に徹することである。
つまり、本来、執着すべきでない自己に執着することが、苦の原因である。この「苦」を滅して涅槃の世界に入る方法が「仏道」である。

この世は苦で本来満ちている、苦を嫌うことなく苦の原因をつかみ、改善して、それをきちんと続ける、
次々にやって来る苦に対して、その繰り返しで、やがて苦を苦とせず、むしろ苦を友にし有意義なものに出来るのである

八徳

儒教に儒教における八種の徳
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌
 仁・・・愛。人を思いやる心。慈しみ。最高の徳
      身ぢかな家族→親戚→社会 と、近くから遠くへと秩序だてて広める。
 義・・・正義を貫く心。善悪、正邪、真偽。人道に従うこと、道理にかなうこと。
      仁を広める形。親への孝、兄や年長者への悌、君主への忠、社会には礼。これが道義・正義。
 礼・・・敬意を表す心。社会秩序を保つための生活規範、儀式、礼儀、作法、礼節。
      礼を学ぶことが、学。礼儀を身につけた人を、学のある人という。
      仁を実行して社会から信頼される人、そんな人が、学のある人
 智・・・正しい判断を下せる能力。正しく豊富な知識と経験、洞察力が加わったものが智慧。
 忠・・・心の中に偽りがないこと、主君に専心尽くそうとする真心。
 信・・・信頼する心。言葉で嘘を言わないこと、相手の言葉をまことと受けて疑わないこと。
 考・・・親や先祖を大切にする心。おもいはかること、工夫をめぐらすこと。親孝行すること。
 悌・・・兄弟仲がいいこと

地震によって倒れる家、倒れない家       災害にも、きちんとそなえるんだよ

今すぐに猛反省をし、お金使い、耐震予防といざという時の準備を
よくよく見ると危ない家ばかり、現実に、私は、確実に倒れる家を数多く見る

●巨大地震で倒壊し易い家は、例えば次のようなもの
1)古い家、は痛み腐っていることもあるが、耐震補強やきちんと修繕が出来ていない家が多い
2)旧耐震基準の家(新耐震基準でも設計にむりがある場合、倒壊する家がある)
3)2階、3階の家、  都会では難しいが、出来れば平屋が望ましい
4)間口のせまい、細長いひ弱そうな2階家
5)隣との隙間が少ない家(都会に多いが、背の高い細長い隣の家が倒れかかってくる)
6)屋根が沢山の重い瓦で出来ている家(軽いガルバリュームなどに変えると良い)
7)一階が壁柱のない広い部屋があったり、耐力壁が少ない家
8)二階に重い荷物が多い家
9)一階にピロティー構造になっているなど、一階に部分的に柱や壁がない箇所がある家
10)長いことシロアリの点検や防除をしていない家、古い家では水回りなどに虫喰い被害が多い
11)元々品質の低い・安い・古い家・手抜きの大工が建てた家
12)筋交いや金具や固定がいい加減な家、後年いい加減なリオフォームをした家

●耐震の家の基本     平屋、二階や屋根は軽く、正方形の家、柱・壁多く・筋交い・金具がっちり
1)基礎、土台が頑丈   2)一階の壁が多い   3)二階軽く   4)手入れが行き届いている
5)平屋   6)間口は広い  7)筋交いや金具   8)屋根はガルバリューム鋼板で軽量化
9)必要ならば耐震補強   10)崖や盛り土や傾斜地・坂道は避ける

私が特に危惧するのは、細長い二階建て三階建ての密集住宅でしかも重い瓦屋根の家だ
二階の重さを一階が必死に支えている、平屋ないし二階を狭く・軽く、一階の足腰を強くしておく
田舎の広い土地に正方形の平屋で耐力壁が多く、耐震の最新技術で建て住めば、まず安心

いざという場合を考えて、避難する場所を1〜2カ所確保しておく
滋賀県の山にログハウスや京都にマンション、安曇川の田舎町に平家を計3軒を確保

ログハウスは、地震に対して理想的な構造で、過去も倒壊例はないという


田舎町の田中の平家が目下の私の住まいになっているが、瓦屋根をガルバリューム鋼板にし軽量化した
ついでに断熱材を入れて省エネ化も図った

役所が何とかしてくれるという期待はせず、自分でどうにかするという意識でやる
緊急事態に対しては、一とおりの方法や手段ではなく2〜3とおりのものを準備する

おが屑によるバイオトイレや水や缶詰なども確実に個人で確保する


寝ている時の大地震では踏み潰される、寝床にはシェルターのような防護小屋を設置する
写真地震シェルターを寝床に作って寝ているが、案外落ち着くし、いざという時も慌てず安心です
お金を出せば、二段ベッドを買って下に寝るのでもよい、是非やておくべし


いざという時に屋根付き駐車場など生活の場に転用できる場所を確保、大工道具や材料は在庫する

                               

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11.7ろいさなれ

                               

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