村上原基人生勉強会森暮らし  事務所:京都市伏見区/滋賀県高島市
村上原基人生勉強会 MKJB
   村上原基人生勉強会 森暮らし  
頁責任者:村上和隆
 
 
  
目   次
2
207.村上和隆(13年間山中の一人暮らしで、自然の恵みを受け・自然から学ぶ)
206.都会の異常さを知る
205.山暮らしも板につき、山を訪れる人のもてなしもうまくなりました
204.猿対策を(本物の顔に近い)人形にやらせてみましたがどうなるか?
203.203秋刀魚・茄子・肉は薪で焼くと上手いし化石燃料要らず
202.秋の味覚:あけび
201.山でひっそり長年暮らすと、現代は確実に崩壊に近づいていることが見えてくる
200.野菜小屋第3号完成しました 何事も自分でやろう
199.山では水確保のために川を定期的に清掃するのだ
198.自ら嘘をつく日々、そして社会から騙される日々それが現代の都会人の生き方
197.鉄棒作りました⇒思い込みは自分を小さくする・不幸にする
196.現状を切り捨てる・独自に決断する・そして改革を断行することの難しさ
195.田舎暮らしが本物の人か偽物の人か?時間かけて本物をめざせ
194.今年も早々山の暮らしが始まる、欧米文明に汚染された、すさんだ心を山で癒す
188.猛暑&異常低湿度が好きなの?都会を捨てられない現代人?  2009-06-29 13:20:30
186.急速にすすむ森の荒廃/禿げ山化:自分に損にならないことは、ニュースにならなくてよいのか? 2009-04-14 07:55:56
184.村上さん「枯れる木は枯れさせるほうが良いんです」と言われて思ったこと 2009-01-26 08:48:15 
170.静かな自然の森での暮らしの開始時チェックリスト  2008-09-21 16:27:30 
164.滋賀県湖西の森に暮らす村上和隆の一日 2008-08-02 17:00:28 
160.梅雨の安曇川山暮らし日記 2008-06-21 19:27:35 
158.山で薪で湯を沸かし風呂で使いガスを完全廃止しました 2008-05-14 07:17:27 
118.森林国日本の山は、遠目で緑一色であるから健全のように誤解している人が多いのが心配です 2007-11-04 09:45:10 
117.山で一人暮らしを10年やってほんの少しだけ見えてきたこと 2007-11-01 14:52:17 
103.山の夜はすっかり秋:さむーい!楢系の木の立ち枯れ 2007-08-27 16:08:20 
101.8月19日安曇川長尾山中の気温、すごい寒い 2007-08-20 05:14:57 
100.8月18日安曇川長尾山中の気温 2007-08-18 15:32:19?
99.8月17日安曇川長尾山中の気温 2007-08-17 17:47:39 
98.8月15日安曇川長尾山中の気温 2007-08-16 08:24:32
97.8月13日山(安曇川長尾の山中)は涼しくなってきた 2007-08-13 18:45:13?
96.平成19年8月10日安曇川山中「涼しいです・夜は寒いくらい」 2007-08-12 06:04:16? 
95.都会の真中に住むのが良いに決まっている症候群 2007-08-09 20:37:12
89.私は、山奥のミミズを尊敬する 2007-07-13 22:39:12?|?森の暮らし
64.安曇川長尾の山中での庭の大木伐採奮闘記 2006-12-10 22:44:28?|?森の暮らし
7月3日私の田舎暮らしが記事に 2006-07-01 21:37:42?|?森の暮らし
35.山と都会を往復していて今年は何故か異常だ、私は不気味ささえ感じる 2006-06-29 10:46:05?|?森の暮らし
29.異常繁殖した鹿や猿や猪等の始末:増えたらタイムリーに減らす 2006-06-02 14:42:21
24.森林がギブアップ、山の木々の悲痛な悲鳴に耳を貸さんと危ない 2006-05-07 11:13:24?|?森の暮らし

207.村上和隆(13年間山中の一人暮らしで、自然の恵みを受け・自然から学ぶ)
2011-11-01 07:33:05?|?山暮らし
京都では経営コンサルタントとして仕事、でも人間は遊びも大事
そして最近は大半山で畑や野良仕事などで一人ひっそり暮らしている
■68歳、東京浅草出身⇒神奈川・千葉⇒大阪門真⇒京都伏見⇒滋賀安曇川
松下電器⇒エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒経営コンサルタント自営
ある日突然56歳、中古ログを購入し山暮らしを開始、闘病中の妻が同年病死した
埼玉疎開⇒東京⇒神奈川・千葉⇒大阪⇒京都⇒ついに滋賀の山中に辿りつきました
山の割合が世界的にも多い日本だが、都会を捨て一人ひっそり山で暮らす人は少ない
当時、経営コンサルタントを自営で始じめ、安曇川と京都と半々で暮らしています
ここ2年は、冬を除き(冬は京都伏見居住)、大半を長尾の山中で一人暮らし
私の紹介などで山暮らしをする人も増え、近所付合いで色々な事を教えて貰えます
コンサルタント・野菜作り・大工・環境整備・ネット・各種支援を実施しています
その中でも、私が一人継続してやってきたのは付近の清掃と美観の向上です
ほとんど管理放棄されているので人様の土地も清掃や整備もやらして戴いています
最近は達の悪い雑草が蔓延り、付近一体、毎日1万歩の散歩がてら除草しています
一見して不可能と思われる荒れ・倒木だらけの森林を随分再生してきました
おかげさまで腰痛がひどくなってしまったが、精神力や身体も強くなりました
山は、長靴・手ぬぐい・鋤き・鍬・鎌・鋸・トンカチ・土・水・木・太陽の暮らしが基本
まともな山暮らしに10年はかかりますから、50〜55歳に開始すると良いですね
「晩年は山でゆっくり隠居暮らしを楽しむ」のが最高だと気づく今日この頃です
東京から京都に移り住み、京都に溶け込むのに30年かかったが山もそんなものです
インターネットも宅配便も買い物も交通も病院も全て格段の不自由はないですね
13年山で暮らした今「一体都会の暮らしは何だったんだろう?」としみじみ思います
東京から関西に移り住んだ時も「東京って一体何だったんだろう」と思いましたね
山の一人暮らしで、江戸や昭和の暮らし・日本の原点や思い・人間らしさが蘇ります
大袈裟に言えば金を掘り当てたような感がしている、お持ちの土地は金鉱脈です
山の暮らしに、都会より更なる便利さや物質的豊かさや享楽を求めてはいけないのです
山に来てバーベキューやって大騒ぎして部屋でゲームやテレビ見て帰るなんて人が多い
便利で豊かな都会の暮らしが、今の私には貧弱・悪夢・勘違い・幻影・幻想に思えます
物質・箱もの・便利さ・安全(?)・快適(?)・買い物・おでかけ・友達・・・に
むしろ、そういうものから遠ざかる事こそ本当の山暮らしや人生を知る早道だと思います
■良かったことなど(山の暮らしも慣れれば楽しく快適、とにかく始めることが大事)
・住み始めた頃は汚かったが長年の清掃・整備により周辺はきれいに変身した
・猛暑の夏も涼しく、夜も熟睡できて助かっている(避暑地:5〜10℃涼しい)
 (光熱等、電気1.5千円、ガス2千円、水道2.5千円、通信7千円、計1.3万円)
 (生活費は食費4.3、交通0.5暮らし1.9光熱通信1.3雑費&税1→計8〜9万円)
・野菜、山菜、最高の環境など自然の大きな恵みを得られることを実感
 胡瓜・トマト・ゴーヤ・ピーマン・ハーブ・苺・タラの芽・ふき・蕨・芋・栗・山椒・冥加
・付近の山暮らしの人と親戚同様、親しく人間的なおつきあいができる
・質素倹約、エコな暮らしができる(移動手段はバイク、駅前に無料駐車)
・太陽熱行水・バイオトイレ・燻製・炭火バーベキュー・山歩き・薪風呂・薪調理
・特に電気やガスを使わないように薪や太陽光や自然環境を利用している
・静かでのんびりした山の自然の中で安楽な暮らしのスタイルが身につく
・綺麗な空気や水、静かな自然に囲まれ軽作業や健康体操や歩きで健康増進
・脱都会、脱便利、脱依存等、基本・原点に帰り、人生感が大きく変わる
・ごく当り前の人間としての勉強や体験ができ、新しい発見・気付きがある
・ゴミゴミ、煩わしい都会の過剰な便利さや物質的豊かさ、無駄から離脱
・多くの無駄と堕落・惰性・怠惰・妥協・欺瞞・危険の都会の暮らしに気づく
・虫、孤独、暗闇、不便さに慣れ、困難とも上手に付き合えるようになる
 (生き物対策:猿・鹿・カラス・まむし・蛭・蟻・百足・亀虫・蜂・油虫・カビ)
・都会ではできないことが、あれこれ出来るのが嬉しい(里山は日本人の原点)
・地震や台風など災害から強い場所で、いざという緊急時の避難先にもなる
・何もやることがないようで、一日中汗かき、大工・土木・野良仕事が沢山ある
・高速インターネットや携帯や地デジ(障害物に要注意)も利用している
・冬水が出ない・雪かきがない・自衛隊の爆音・不便なども山暮らしの現実
東京から関西へ・大企業から中小企業へ・社員から自営・都会から山へ脱皮
この13年は物質と便利さで溢れた依存社会から人間らしさへの脱皮の始まり
カードで全て手に入る錯覚の生き方から足が地に着いた暮らしへの脱皮
気が付いてみれば山の暮らしこそ、人間として当り前で至極普通の暮らし方だ
地震津波・原発事故・欧州危機・円高・年金や保険破綻⇒変わる時期が来た
■購入・ログ建設・山暮らしの知恵などアドバイスやお手伝いもしています
詳細はホームページをご覧下さい、気軽にお立ち寄り、ご相談下さい
□人生勉強会 http://jinseibenkyoukai.web.fc2.com/
 山暮らしを追求し、深めるほど、人生を高めることにつながることを実感
□山暮らし  http://jinseibenkyoukai.web.fc2.com/yamakurasi.html
 山暮らしについて日々の出来事や感想を写真をつけて書き留めています
□山暮らしブログ  http://blog.goo.ne.jp/meico_murakami
□関西ISOシニアコンサルタントネットワーク http://meico2.web.fc2.com/
※土地やログハウスの売買の斡旋もしています(ボランテイア・無料)
■山暮らしで大事なことは、都会暮らしのスタイルをできるだけ捨てることです
※土地さえあればやり方次第で100〜300万円くらいで山暮らしは可能です
※山暮らしは@山に住むA都会と山暮らし半々B時々山に、のどれかですね
※子供は親を見よう見真似で成長していくが、親が山暮らしを子供に見せられてない
今後も、山離れ・自然離れ・田舎暮らし離れが進み更に都会偏重になっていくのでしょう
福屋工務店安曇川売り物件

206.都会の異常さを知る
2011-10-30 08:05:31?|?案内
近くのKさん日本家屋を一人で作ってしまいましたが、最近は少し暇ができて
お孫さんのためにすべり台を手作りしました
こんなことは都会ではできませんね、山ではなんでもできますよ
田舎・山は不便
しかし
・今や高速インターネットも利用できる
・ネットで物が買える
・今や山奥でも宅急便が来る
・自動車でどこにも行ける
・皆様心配の病院もかなりある(地域によるが)
・その他町で出れば都会なみのいろいろな施設も利用できる
一方なんでもあるはずの都会だが意外にあれこれないのだ
@水や木がない
A肉体作業する場がない
B生き物がいない
C山菜・椎茸・栗・果実や野菜がない
D食の保証がない
E遊び場がない
F近所付き合いがない
G縁側や軒先や土間がない
Hガス・電気・水道依存いざという場合お手上げ
I人が多い
J自動車が多い
K土がない
L自然の恵みがない
M癒しがない
N家以外周囲に庭や作業の場がない
O自然との触れ合いがない
P大工・土木仕事をする必要がない
Q役所に全てを依存している
R災害が起きると自分自身で対応ができない
Sテニスや野球やスポーツする場がない
21木登り・木伐採・山散策する場がない
22空気が汚い・臭い
23ヒートアイランドで暑い・ゲリラ豪雨
24静けさがない
25螢や鳥や魚がいない
都会はブロイラーの安物の鶏以下の暮らしであることを認識すべきですね
しかしブロイラーは、狭い小屋で餌に困らないことにどっぷり浸かって満足しているのです
そんな人生でよいのですか?

205.山暮らしも板につき、山を訪れる人のもてなしもうまくなりました
2011-10-24 19:47:25?|?山暮らし

右から二人目の灰色のシャツ、首長の爺さんが私:村上和隆です
10月23日(日)昔の京都の会社の同僚5人で飲み会をやりました
七輪の炭火で焼肉とお酒、場所は当人生勉強会の土間の談話室
ログハウスに隣接する土間だから準備も片付けも大幅に楽、手馴れたもんだ
時は、今まさに食欲の秋、紅葉には1月早いですが、栗や芋の収穫時期、天気も良し
男ばかりで色気はないが、静かで・空気のうまい山で、のんびり話に花を咲かせ
炭火で肉や野菜を焼き、心身ともに健康・健全な一時でした
最近、私の山暮らしも幅奥行ともに広がり、極めて楽しく快適になりましたが
同時に訪れる人のもてなしも、やっと板についてきました、山のウンチクも沢山ある
「遠方より人来るあり、なんとも嬉しく・楽しいことだ」
でも訪れる都会の人は私の暮らしぶりを深くは見ようとはしない、否、見られていない
私の山の暮らしに深く立ち入ろうとはしない、否、深く立ち入れない
かつて私が東京から京都に来て、それから40年弱京都に住んでいるが
東京から人が来て京都を観光を案内した時にも、いつも同様な印象を持った
東京や都会から訪れる人というものは、
京都や山に来て「素晴らしいわ」とは言うが、実は京都や山の奥深さは到底理解していない
でも、それでいいじゃないか?私だってかつて京都や山に住み始めた頃はそんなものだった
東京から京都に移り住む、私の知り合いの人もほとんどなかったし、山暮らしを始める人もいない
でも私が東京から京都に移り住み、都会から山に移り住み、人々に何がしかの出会いを与えている
そういう東京や都会に住む人ができないことが、私にはできることが実に嬉しい、密かな楽しみだ
是非、酒と肉とできれば美しき才女をひきつれて山を訪れてきて下さい、大いにじっくり人生を語りましょう
204.猿対策を(本物の顔に近い)人形にやらせてみましたがどうなるか?
顔だけ買い胴体は木で形作り服を着せました。主に猿対策です
いろいろ山では苦労があるのですが
山では鹿や猿対策はいろいろ大変です
山際は電気柵が全面設置されて、平地は保護されていますが
囲まれた山のほうは、むしろ被害は倍増します
電気柵に囲まれた山では、@猿さんとA鹿さんの両面の獣対策が必要になるのです
まあ主に、柵と網ですが、全部の被害に対応は無理です
私が京都や仕事で留守をすると、てきめんに大被害にあいます
どうやら人間がいるかいないかを猿やカラスなどは察知するようです
そこで案山子の登場になるのですが、昔風の案山子なんかは、簡単に見抜かれてしまうのです
私はネットで頭だけを買い、人間らしき人形を設置してみたというわけです
顔は大事です、猿やカラスを誤魔化すには、顔もお金を出して買うことになるのです
でもでも、カツラ用の顔マネキンがかなり安く買えたので助かりました
効果があるかどうかはまた一年後にでも報告します
目下もう一体リアルなものを制作しようと考えています、乞うご期待

203秋刀魚・茄子・肉は薪で焼くと上手いし化石燃料要らず
2011-10-16 07:48:12?|?山暮らし

山ではガスや電気で食材を焼くのでなく薪で焼くのがお勧め、コンロと左上の棚に薪がある
やってみると、続けてみるとその良さがわかる、火は1分でつく
薪は主に桜の枝を使っています、ちなみにプロパンガスはほとんど使っていません
燃料不足・電力不足日本には燃料がないなんて嘘
山には小川ある⇒小水力発電、水⇒川の水利用 木⇒燃料、ガス⇒太陽光 空調⇒自然の冷却
私は、山でかなり、これらの自然の燃料源をフル活用しています
風呂も夏は太陽光で行水、夏以外は薪で焚いています
その中で最近始めたのは野菜や魚を薪で焼くことです
・燃料費の削減
・美味しい
・山の枯れ木が片ずく
・地球温暖化防止
「そんな毎回薪で火を起こすのは面倒」だって
まあやってみるとさほどのことはない
私の場合
・勝手口の外に写真のような七輪を設置
・細い薪を棚に貯めている
・火は1分でつくようになる
・プラスチックと木で手作りの団扇を使いましょう
・灰は木に肥料として与える
なにしろ秋刀魚、鯖、茄子、栗、芋を焼くのは絶品
その他肉は言うまでもない、毎日バーベキューだ
薪は1Cm〜2Cmくらいの細い薪を山で集めることですが
まあ沢山あり過ぎるので不自由はしません、桜の枝も沢山あります
一度是非、見に来て下さい、実際に実演して食べて戴きますよ
できれば秋刀魚か鯖か茄子でも持参下さい

202.秋の味覚:あけび
2011-10-15 16:20:45?|?山暮らし
山にはあけびが沢山なります中身は甘い果汁、外の皮は肉詰めなどで食べます
秋の山は紅葉を前にいろいろな秋の実りが戴けます
栗・さつま芋・むかご・柿・椎茸・松茸・・・
そして意外に知られていないのがあけび
あけびは平地から高地まで山林や藪の中に生えている蔓性の落葉樹
木というよりも蔓の塊・・・集団といったところでしょう
春の芽をだすとにわとりの鶏冠のような紫色の雄花をつけ、やや大きめの白い花を咲かせます
あけびは3枚葉ですが5枚葉のもあります
5枚葉の花はきれいですが食べられる実はなりません
5枚葉は高い木に絡ませると庭のアクセサリーになり美しい花を楽しめます
さてあけびの給べ方ですが
中の白い果汁はまあそのまま口に含み甘味を楽しめます
皮は(http://www.baxtukya.com/akebi-eat.htmlから引用)
アケビ料理 その1 肉詰め
アケビの実を食べた後の皮を綺麗に洗って湯がきます。
アケビの皮にはかなり癖というかアクがありますから、気になる方は少し長い時間をかけて煮ればいいと思います。
あんまり煮過ぎてしまうとアケビの皮を食べているのか、味気ないこんにゃくをかじっているのか区別がつかなくなるので程々に。
他の山菜もそうですが山の幸にはどうしてもアクがつきものです。
アクのないアケビなんて、クリープを入れないコーヒーのようなものですね
また、水に打たせ過ぎてもアケビのうまさは抜けて行ってしまいますね。
このアケビの皮に塩コショウで炒めたひき肉(濃い味で)を押しこんで蒸らせば出来上がりです。
油で揚げても美味しいですよ。
アケビ料理 その2 シソの実入り漬物
これぞ究極のアケビ料理ではないでしょうか。
湯がいたアケビの皮に、麹・きざみミョウガ・シソの実を混ぜ合わせたものを詰め込み、軽く重しをして少し付け込みます。
これはほんとうに美味いです。
塩味がすでに付いているのですが、血圧がなんともない方なら醤油をタチッタチッと2滴加えて食べてみてください。
奥さまに叱られても私は責任が持てませんが、酒がかなり進むでしょう。
醤油はあくまでもタチッタチッの2滴でお願いします。
アケビの上から掛けるとアケビのアクの美味さがどこかへ飛んで行ってしましますから。
しかし中身も皮も思いの他そんなに上手いものではありませんがね?
春の山菜・秋の実りいいですよ、自然の恵み・・・都会には全くない光景ですね

201.山でひっそり長年暮らすと、現代は確実に崩壊に近づいていることが見えてくる
2011-10-12 20:03:57?|?案内
土間の一部を談話室にしている、自然に囲まれた土間で、ゆっくり人生について考え、
自然・山・人生・暮らし・生甲斐・幸福・悩み・苦・心・健康・会話・・・何でも語りましょう
まず語ること、そこから人生が見えてくる、一人殻に篭る現代人に人生は見えてこない
12年ほど山でひっそり暮らすことは、一般的な現代人には苦痛又は考えられないことらしい
私は物好きも物好きで、何もすることがない・つまらなさそうな山奥でひっそり暮らしてきた
私もこんな山奥で一人で暮らすことが、それほど意味がある事だとは正直、思っていなかった
山の暮らしに対して、都会暮らしは、”人が・騒音が・便利さが・物が・煩わしさが多過ぎる”
そういう騒々しい環境に暮らすことは、山の暮らしの方向から改めて見てみると摩訶不思議
都会から田舎の暮らしを見ると、退屈・無意味・無価値・無駄・衰退・・・に見えるのだろうが
私が年年深まる思いは、都会や現代社会のあまりの異常さ・歪さ・不安定さ・脆さ・堕落化だ
必死に動めいているが、次々に無駄を作り出し自由そうで本当は不自由、楽そうで苦が一杯
現代社会や都会の暮らしの継続は、確実に人間の崩壊・破壊・破滅の筋書きと私には思える
山にひっそり長く暮らし続けていると、冷静にそういう現代の歪んだ状況が対極的に見えてくる
都会暮らし・現代的な暮らしから、その対極(向こう岸)に渡ってはじめて見えてくるものがある
対極とは、例えば山暮らし・貧困地域暮らし・昔のままの暮らしに移行又は戻ることでしょう
私は都会を去り、手近かに日本の里山のひっそりとした一人暮らしという対極を選択してきた
私は都会・現代にどっぷり浸かる人々の対極に長年暮らし続けているということになるのだ
そんな珍しき化石のようなお爺さんとゆっくり話をしたければ山の土間談話室にお出で下さい
ついでに山の自然や昔ながらの暮らしの形も少しは体験でき、何か発見があるかもしれない
お茶やお酒飲みに気軽にお越し下さいお立ち寄り下さい、人生勉強を日常のことにしましょう
200.野菜小屋第3号完成しました 何事も自分でやろう
2011-09-19 08:40:20?|?山暮らし

鹿・猿よけの野菜小屋の3つ目を狭い庭の片隅に完成しました
ますます庭が狭くなりますが、悪い猿と鹿の被害を防ぐにはしかたありません
まあ大工は再生材を利用し品質はひどいものですがね、それでいいのです
田舎では何でも自分でやる習慣が否応なしに、ついてきます
山で暮らしていると自然と自分の一対一の付き合いから、いろいろなことに気づかされます
都会に暮らしていると、どんどんものごとが見えなくなってくるのです
都会人はそういうことを意識していますかね?ある意味魔薬患者ですから、怖いですね
都会で”肥溜めの風呂に浸かって”喜んでいた頃の昔の自分が哀れです
麻薬患者が麻薬に溺れ身を滅ぼしていくように、都会という糞溜めが心地良いと出たがらないのです
その原因は、自分自身で自律/自立できていないことです
社会の風潮や決め事、常識・専門家やマスコミにただ単に動かされ、流されている
自由主義などと言って、なんでも気儘にできるような錯覚をしている
私は自由主義をきっぱり捨て自然主義に回帰することをお勧めします
自由なんてのは人間を堕落させ、がんじがらめに不自由にさせる原因でしかない
そのような流されているような人生を日々送っていると、いつしかものごとが見えなくなってしまう
そしてある日突然に、思いがけない大きな出来事や事故に遭遇すると狼狽する
都会で多くの人や物に囲まれて暮らしていると、本来の人間らしい自分に気づかなくなってしまうのだ
忙しい・都会の豊かさや便利さに紛らわす・他人の目を気にする・・・
そしていつしか自分自身が存在しなくなってしまう、自分であって自分ではなくなる
自分が自分である=自分で自分をすべてやっている ということだが
都会の現代人は、社会の流れや常識や固定概念の奴隷・腹話術の人形に過ぎない
自分がいないのだから、自分が一体何だかなんて意識もないし、深く考えたこともない
・自分で作れ
・自分で汗水たらして働け
・自分で周囲の環境を自ら保全しろ
・自分で自分自身を反省しろ
・自分で考えろ
・自分で決めろ
・自分で食べ物や生活品を作れ
・自分でやれ(役所や学校や医者や親などに依存するな)
・自分の足で歩け
・自分一人で暮らせ
・自分で自分の身体を養生しろ
・自分で災害を予防しろ・備えろ
・自分で見よ・観よ・診よ
・自分の人生を独自に作れ
・自分の生き方を創造しろ
・自分を人間を取り戻せ
・自分を知れ
自分を見失い、自分以外のものに異常に依存し、煩わされている
野菜小屋なんか狭い庭に3つも作らなくてもいいのだが
ここ長尾の山裾は最近電気柵で囲われた、なんと、私達もその電気柵の中に封じられているのだ
その囲まれた山の中で、少しでも野菜を作って自然の恵みを日々戴くことを実感したい
都会の堕落した人間と付き合い、無用に関わりあうことの愚かさ
自然とじっくり・しんみり・しずかに付き合うことで自然からいろいろな真理・真実を教えられる
自然に戻れ・自然と付き合い・自然に学べ
大震災や原発事故に遭遇して人間が考えることは、更に問題を深刻化・複雑化させるだけ
人は改革・改善と言うが、そうではない、どんどん深みにはまって行くだけなのだ
そんなことを辞めようではないか、自然に戻れ、自然は真実しか語らない
津波も巨大地震も原発事故も真実以外の何ものでもない、狼狽えるのは自然を忘れた愚かな人間なのだ
自動車や家電製品など便利な道具を得ると人間はそれで満足はしない
もっと早く・もっと便利・もっと快適なものをと、自然から更に乖離していく哀しい生き物なのだ
山の暮らしは不便だ、鹿や猿の被害もある
でも、そういう自然を嫌い・いやがる・遠ざける・無関心で済ますのはどうかな?
199.山では水確保のために川を定期的に清掃するのだ
2011-09-14 07:20:41?|?山暮らし

山の水源地の清掃作業
洪水のあとは取水のパイプが埋まるのでスコップで掘り起こしに行く
山から川に降りるのがまず大変、そして重労働してまた急な山を登って終了
山では役所にはほとんど依存できない
滋賀県は県民性なのか、よそ者に対し役所は冷たい、別荘地に住むということで市民税はとられるが
山の別荘地は面倒だから、近くの村までは収集するのに、ごみも収集してくれない
雪かきもしてくれない、水道も下水も敷いてはくれない
でもいいのだ、本来は、役所なんかに依存しないで自分でやるべきなのだ
現代の日本人は、なんでも役所にやらせ、その結果、膨大な借金を作らせてしまったのだ
「役所がやって当然」の市民の姿勢は、ギリシャと同様かそれ以上にひどいのだ
そのつけは、ギリシャ同様にあと数年で、確実に日本崩壊という形になってしまう
そのときに世界は助けてはくれない、円が高い今日本人は真剣に資産の防衛をしておくべきだ
とてつもなく日本の借金は膨大なのだ、その上デフレと円高が日本を崩壊させつつある
そういうことで私の住む別荘地(?)では皆住人が自前でやらなくてはならない
ごみ処理・下水処理・し尿処理・雪かき・道路舗装・水道・蜂駆除・木伐採・道路清掃・猿鹿被害・・・皆自前
滋賀県高島市に住んで地元にお金落としているのに、高島市は何もしてくれないのだったら「税金とるなよ」
でもそういう滋賀県高島市の役所の冷たさが私達を自立・自律させてくれている
「ありがとう」高島市安曇川大好き???
すごく大変な仕事ですが、多くの人でやれば、結構はかどるもんです
みんなでわいわい言いながらの山の川での共同作業、いいもんですよ
生活に密着したことで住民が協力するのは本来の姿です
ところで滋賀県が環境先進県というのも山の管理状況から見ると疑わしい
一体、山の管理は誰がやっているのか、滋賀県は全然やってませんよほったらかしです
別荘地のごみの収集も頼みに行っても、何だかんだと言いくるめてやろうとしない
「ごみを役所に持ち込むと頼むと」「本来は駄目だが、例外として許可してやる」だって
新旭にある自衛隊の朝から夕まで毎日のような猛烈な爆音と大振動もほったらかし
何が環境先進県じゃ、湖だけでなく、嘉田知事さん、その源流の山をもっと見なさい
私のような都会から荒れ果てた里山に住む人が無償で環境を維持しているんです
ほとんどの山は人が住まず荒れてしまっている
私どものような有難い者から税金とるなんて考え違いだ、むしろお金もらいたいくらいですよ
日本は役所に依存する人間が甘い汁を吸い
私どものような真面目に自律・自立している人間には冷たい、厳しい
日本には正義がなく誤魔化し・嘘・詐欺・出鱈目・依存が横行しているのだ
山で全てを自力でやって暮らす、国民が全員そういう心構えになれば日本は蘇るが
膨大な借金があるのに、増税もせずに、膨大な借金は減るどころか増えるばかり
電気・水道・ガス・暮らし・食料全てを政治や役所に異常に依存し過ぎている
「いいのかい」ギリシャみたいな日本人、そろそろ猛反省して「自分のことは自分でやれ」
だらけ切った日本は、多分大崩壊が年々加速度的に進み、10年以内に沈没する
そのときに自立・自律する者のみが生き残るのだ
198.自ら嘘をつく日々、そして社会から騙される日々それが現代の都会人の生き方
2011-09-01 08:00:47?|?山暮らし
庭のゴウヤ、一粒の種から10個くらいのゴーヤがなりました、ムクゲも今年は沢山花を付けました
今は庭の冥加が、食い切れないほど沢山出てきました(冥加も都会でどこでも、出来ますよ)
都会でもせめて野菜くらい少しでも作るべきですね(お勧めゴーヤ・きゅうり・ぴーまん)
山の自然に抱かれ、不便で華々しさもないが、ひっそり暮らし続けていると色々な恩恵があります
そして徐々に、便利で豊かと言われている現代社会・都会暮らしの異常さも見えてきます
・盲目の人のほうがものごとが良く見えると言います
・日本にいる時より海外に暮らすと日本が見えてくると言います
・同様に山でひっそり暮らすと現代都会の問題が見えてきます
多分都会で便利さ・豊かさ・平和さに埋没している人には、真実が何も見えていないのです
 肥溜めに浸かって「いい風呂だ」と言っている人や「裸の王様」のような童話があります
都会人は、まさにそのような状況ですね、基本や原点や真実が何もわからなくなっている
今回の節電でも、すごく節電して、そういう人には表彰がされるそうですが大きな勘違いです
「15%の節電指示を守れなかった(かなり節電済みの)企業は罰金を課す」なんてのも大間違いです
今回大きく節電した人や企業の大半は、無駄使いをしてきた実はむしろ非常にけしからんのです
ところがこんな当たり前のことも理解できないのが嘘と誤魔化し漬けの現代の都会人です
最も地震や洪水や停電やテロなど危険な都会が最も防災に無関心でデタラメなんです
東関東大震災以降のテレビの報道を見ていると、まだまだ嘘や誤魔化しの域を脱していません
もっと原点・基本・嘘や誤魔化しのない見解を表に出すべきですねそれがマスコミの使命だと思います
敢えて説明すれば、私のように10年前から限界迄の超節電を当たり前にやっている人がいるんです
健康な人ほど健康保険料は割高なんです、だって使っていないのに高額な保険料を払い
不健康で医療費を沢山使う人は保険料をあまり払っていないのです
こんな不公平というか矛盾が放置されて保険の破綻・崩壊になりつつあるのです
医療費を多く使う人ほど、負担が増えるのが当然なんですが(受益者負担の原則)
現代社会は誤魔化しなんです
自分も自分自身を騙し、嘘をつき通しているのです
しかも嘘や誤魔化しを認識していないことが致命的なんです(気づいて欲しいのだが)
例えば、米も野菜も魚も肉も物も作っていない人がカードで何でも買えるなんてのも大嘘つきです
健康保険も膨大な國家や地方の借金も環境破壊も膨大なゴミも、自動車、空調、エスカレータ・・・
皆自分を騙して暮らしているんです、そういう人に限って偉そうに不平不満を言うのです
そして真実を知り、ひどく辛い目に会うと狼狽するのです
親の姿を見、子供達は何もしないでも未来永劫、平和で豊かに暮らせるように信じてしまっているのです
大昔であれば飢え死にしているんです(山の猿や鹿は毎日自分の餌を必死に探し求めている)
腰が大きく曲った田舎の百姓をやっているご老人を見ていると、これぞ原点のように見えますがね
197.鉄棒作りました⇒思い込みは自分を小さくする・不幸にする
2011-08-29 08:17:00?|?案内
写真のように土間に2mの鉄棒を作りました
昔は2mの鉄棒で、懸垂も逆上がりも確実にできたものです
●今は懸垂も逆上がりも全くできません⇒1カ月で、必ずできるようになると思います
昨年は、長年苦しんだしつこい腰痛との戦いの一年でした
暗中模索、長年直るどころかここ10年、年々最悪になって行ったのです
努力の甲斐あって、おかげさまで今年はかなり改善されました
・体重も62kgと昔私の若い頃の体重に戻りましたし
・腹囲も83Cmから81Cmに(スボンは79Cmを履けています)
・一日1万歩は毎日歩いていますし
・腹筋も15回はできるようになりました
”問題があれば、お金と時間をかけ、まず直してから体質強化・管理を再開”すべきなんです
そのために、まず勝手な間違った思い込みを払拭することが全ての始まりなのです
整体の先生が昨年、治療開始にあたって
「こんなにひどくても貴方のやる気さえあれば直る」というのは間違っていませんでした
かなりお金と時間を使いました
とにもかくにも先生を信じて、整体(1回5千円)に60回以上は通い続けました
山に13年ひっそり住み続けて、思うことは、都会で多くの人や物に囲まれて暮らすことの弊害です
長年自分の心に染み付いた間違った思い込みまたは整理されない雑然とした思い込みです
山でそういうものを、まず洗い流すことが大事なんですね
山や田舎で野菜作ったり、魚釣ったり、蕎麦うちしたり、瀬戸物を造るのも良いが、もっと大事なことがあるのです
一度心を大掃除して、自分自身で考えを整理し整頓・清掃することです
押入れやタンスから、まず要らないものを捨て、必要なものをきちんと整頓するのと同じことです
長年の他人の物真似的な滅多矢鱈な思い込みはごみなんです、垢なんです
しつこい汚れなんです、容易に落ちないのです
@美人は自分を美しく、男の誰からも好かれるし、幸せな結婚生活もできると思い込む
A有識者・学者は自分を頭の良い優れた指導者と思い込む
B都会人は都会に住むのが一番素晴らしいと思い込む
C金持ちは自分を裕福と思い込みひけらかす
D大阪人は大阪人が”日本一楽しい付き合い易い人”と思い込む
E政治家は自分を日本の指導者と思い込む
F夫は自分が家族を食わせていると思い込む
G有名人は自分が尊敬や信頼され注目されていると思い込む
H医者・先生・警官や僧侶は自分こそ人を正しく導き、救える立派な人間と思い込む
I高い防波堤を作っておけば自分は、津波被害を避けられると思い込む
J親兄弟親戚子供だから、自分は騙されないと思い込む
K日本人だから、國家が破産したり、自分だけは貧しくなることはないと思い込む
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いろいろな小ぽけな根拠のない他人からの借りものの思い込みは、まずは、きっぱり捨てなさい
私が「ひどい腰痛は68歳では、もう絶対に直らない」という思い込みを捨てなかったら
整体の先生の言うように、私は老人の坂道をころげ落ちていただろう
私が「都会が一番だ」と思い込みを捨てなかったら、山で自然から重要なものを得られなっかただろう
貴方の心や頭にいろいろな雑然とした自分自身で検証しない思い込みがゴミ屋敷のように詰まっている
「捨てよ・捨てよ・捨てきれ」「死ね・死ね・死に切れ」と代々の偉い日本の坊さんが言っています
鉄棒ができるようになったらまた報告します
196.現状を切り捨てる・独自に決断する・そして改革を断行することの難しさ
2011-08-25 07:56:44?|?山暮らし
55歳から、山で13年間一人でひっそり暮らしてみると
過去にわからなかったことがいろいろ見えて来た
一人前に全てがわかり尽くしているように思っていたが
その甘い認識は、あっさり崩れ去った
55年社会で悪戦苦闘してきて、あれもこれも、わかって来たはずが
わかっていることは1%にも、0.1%にも満たないのだ
否、むしろほとんどわかっていない自分を発見したほどだ
松下電器から近くの倒産寸前の町工場に転職したときも経営の厳しさを知らないことを認識した
東京から関西に来た時も日本の奥深さや横幅の広さを知らないことを認識した
京都の半導体ベンチャー企業に再転職した時も経営の泥臭さやダイナミックさを知らされた
その他、妻の介護と死・癌で手術・コンサルタントへの転身・自営・山暮らし開始・・・・・
大きな苦難や変革を乗り越える都度、自分がほとんど何も分かっていないことを認識したものだ
13年間、今68歳にして山の暮らしを続けている
そして日々、山の暮らしに同化しつつある
かつてない心の平静や自律・自立に一歩前進した自分をやっと見出すことができようとしている
まだまだだが、真っ当な人間への入口・出発点には立てたような気がする
死ぬまでに自分をしっかり見いだせるかは、非常に疑問だが
過去の子供以下の愚かで堕落した自分から、少しでも大人に近づけるような希望が出てきた
 ・山や田舎暮らしを、過去の延長にしてはならない
 ・山や田舎暮らしを、都会暮らしの延長にしてはならない
 ・山や田舎暮らしを、依存や甘えの延長にしてはならない
山や田舎で、野菜作りだけをしたり、そば屋をやったり、田舎を都会を持ち込むだけなどは全くの邪道だ
真の山や田舎暮らしは、人生の最後の時期に原点・基本に帰って、自分を再生・完成させることにあるのだ
私の体験でも一朝一夕に改革はできるものではない
山暮らしなんかも立派な家を建てても暮らしを続ける人は極めて少ない
その中で自然と同化し、自分を磨き直す人は更に極めて少ない
私のアドバイスであるが、55歳まではいろいろな苦難や変革を何ども体験しておけということです
そして最後に55歳くらいで、自然豊かな山でひっそり自分を見つめ直すことが良いと思っています
人間は長い年月を経て成長するのだが、その反面、得たもの以上に大きく堕落し尽くしているのだ
風呂の下水口が掃除されないために、黒ずみ、毛髪やヘドロがたまり、黴がはえたようなものなのだ
この汚れは、たわしでもきつい洗剤でも容易には落ちない
高圧洗浄機とダイアモンド研磨でやっと落とせるような代物なのだ
長年かけて堕落した自分を見つめ直し、改革するのにはやはり時間と静寂な環境が必要なのだ
そのためには汚れきった騒々しい都会は適当ではないことを知るべきなのだが
どうも都会の人は山や田舎を遊びの場都会の延長、都会の補助にしか考えない
当然こういう人は、汚れきった都会で堕落した自分を放置することを快感に覚えるのだ
良い歳して相変わらず、糞まみれ、欲まみれな都会暮らしを続けていては、人生の完成は見えて来ない
多くの世間の堕落人間と日々交わり、雑音にまみれていては、自分の再発見さえもおぼつかない
物を造る場合も荒削りから徐々に形を出し、調整と磨き、最後に丁寧な仕上げをして完成するのだ
そうしないと中途半端で、いい加減な、くだらん人生で終わってしまうということです
195.田舎暮らしが本物の人か偽物の人か?時間かけて本物をめざせ
2011-08-22 07:51:24?|?案内
私の住む山でもここに家を持つ人は3〜4つに分類されます
@山に定住
Aほとんど山だが都会に家を持つ
B30〜50%山で暮らす
C時々来るがせいぜい1〜2日滞在
D家はあるが、あまり利用していない
おわかりのように@Aが本物の人でBはやや疑問CDは偽物ですね
私が山に13年暮らしてきた過程を振り返っても当初はB〜Cの程度でしたが今は完全Aです
田舎暮らしの人を見た時に分類は大事ですB以下の人は田舎暮らしというより別荘族ですかね
別荘という意識で田舎に家を建てるのは大きな間違いの元です、別荘ではないのです
また@Aの人でも田舎に住んでいても日頃の暮らし方によっては都会人のままの人もいます
こういう人は@Aでも偽物の可能性があります
日本の都会人はまだ未熟(親元を離れられず、自立・自律せず甘えた子供みたい)
旅でも田舎暮らしでも長期に地道に自分自身の考えでじっくり取組む都会人は少ない
またチャレンジし他人と全く違う行動や独自の生き方を進んで求める都会人が少ないですね
田舎で都会とほとんど同じ暮らし方で贅沢かつ便利さは都会なみみたいな人ですね
また田舎で都会の仕事をやっている人もあまり本物とはいえないかもしれません
私のように自然に溶け込み私なんだか自然なんだか識別できないほど一体化しているべきです
最近テレビで田舎暮らしの人が紹介されますが、私には邪道な場合が多いように思えます
もっと地味で素朴で汗水たらし、便利さや物質的豊かさを排除してひっそり暮らして欲しいです
せっせとそば屋をやったり、本格的に儲け仕事や芸術をやったり、大規模に畑をやったり
あたかも田舎暮らしの典型のようですが、場合によっては、偽物である危険性があります
本物の水準まで行かないと田舎の良さは身につきませんし、理解できません
一口で言えば都会を捨ててどっぷり自然に溶け込むということでしょうか
山に来て土も触らず・汗も流さず、バーベキューや釣や買い物や山の散歩なんかしてすぐに帰る人
おわかりのように、そんなのは本物の田舎暮らしとは、ほど遠いものです
そういう偽物の田舎暮らしの人の話に乗ると、間違った田舎暮らしをしてしまいますよ
しかし私の体験でもどっぷり田舎や自然に溶け込み一体化する人は極僅かです
でも、とりあえず田舎暮らしをはじめないことには本物にも到達できません
ですからできるだけ早く自然色の濃い場所でひっそりと田舎暮らしを始めることをお勧めします
194.今年も早々山の暮らしが始まる、欧米文明に汚染された、すさんだ心を山で癒す
平成11年に会社を途中退職し経営コンサルタントになって、山の中古ログハウスを購入し、毎年春〜秋に山の暮らしをしてきました
滋賀の琵琶湖、湖西のここら辺は昔は豪雪地帯だったと地元の人が言います
また最近ここ20年くらい徐々に、温暖化のせいか、冬でも雪が減ったとも言われます
よそ者の私でさえ、ここ4年くらいの更なる急速な暖冬には、びっくりしています。山に暮らすとその異常な変化がよーく実感できます
自然の中に暮らすと、自然がそういう大きく急激な変化に耐え切れず、もがき・苦しんでいるのが実感できます
確か、当初、平成11年頃は4月でもまだ、かなりの残雪がありましたし、2月3月は寝雪が30〜40cmくらい道路に積もっていました
最近は、12月に雪が結構早く降りだすのですが、1月2月にはあまり降らないのです
11年前には1月まで雪が降らずに、水道も出ていたもので、1月まで山で暮らしていました
それが最近は11月末に早くも山を降り、逆に今年のように3月の上旬〜中旬にはすっかり暖かく残雪もなくなり
3月には山の暮らしを始めるのがここ4年くらいに大きく変わったことです
もっとも琵琶湖の西の湖西地方と東側の湖東地方では全く冬の気候は違うようです
春の早いのはどちらも同じようですが?
湖西の安曇川あたりまでは、暖冬化していますが、湖東は関が原や彦根は今年もかなり雪は降ったようです
豊かで便利になって、日本でも山や田舎が見捨てられ、田舎の子供の世代は、大方都会暮らしになっています
その結果、相当に腰の曲がった親達が田舎に残って農業をして、日本の食糧自給率を細々と支えているのです
その結果、腰の曲がった親達だけの田舎は、過疎化し、限界集落になり、放棄されていっているのです
都会の便利さと豊かさを都会の人が享受するために、地球の気候は凄まじく大きく狂い、
田舎は、見捨てられただけでなく、根本である自然まで年々狂わされつつあるのです
田舎や自然を自分の住むべき場所として意識せず、時々訪れる憩いの場所としてしか認識できなくなったのです
「俺の知ったことか」・・・・、都会の便利さと豊かさが田舎を崩壊させていることに気づこうともしない
しかし山で暮らしてみると、そういう「自分さえ良ければ」というエゴイズムはとんでもない人類・地球の崩壊の入り口だということがわかってきます
都会と田舎を定期的に行き来している私には、極論すると天国と地獄を往復している気分がするのです
「都会は天国、田舎は地獄」みたいに思っている人が多いようですが、私としては「田舎こそが天国、都会は凄まじい地獄」としか見えません
私のように感じている人は、日本でも1%以下くらいのものでしょうがね
今年もこの広い山には私とご夫婦の一家族だけ、・・・なんとも私としては異常としか思えないのです
コンクリートとアスファルトの東京・大阪・名古屋・京都の狭苦しい、薄汚れた都会は、多くの人と安っぽい欲望がうごめいているのです
「村上さんは、田舎暮らしですか?優雅ですね」なんて言われるが、日本人の大多数が、本当にそんな他人事の感覚になってしまっているのです
そういう問題ではない、日本人が田舎や自然を捨て去ったことが大問題だと言いたいのです
「村上さんは、田舎暮らしですか?優雅ですね」ではなく、私が「皆さん、都会暮らしですか、そんな優雅な暮らししていて何も疑問を感じませんか?」と言いたいですね
真剣に都会暮らしの猛反省と今すぐにでも暮らし方の大変革をしないといけないと真面目に私は思っているのです
都会に暮らしてもかまいませんが、全てを機械文明・電気文明・石油文明に大きく依存しきって安心している生き方は本当に安心に値するものなんですか?
都会で、テレビで、国会で、学会で、雑誌で・・・口角泡飛ばして、喧々諤々と「やれ経済だと科学進歩だの、情報社会だの、グローバル化だの」と、私に言わせれば「いい加減にせい」というようなことを朝から晩まで考えられ、”屋上屋を架すような無益なこと”をしているのです
エゴ丸出しで、自分以外や孫子のことなんか無視して、まるでこの地球を人類をいかに早く滅亡させられるかを競っているとしか私には見えないのですが。
もっとも、このままでは、その前に日本国の崩壊が近い将来起きる可能性が大きいですね
見識豊かなはずの多くの有識者は、地球破壊や人類滅亡を早める装置やしくみや制度を次から次に考えだすのです
これだけ科学が進歩し、衣食住に困っていないのに、経済発展をいかにすべきかなんて、経済成長率をいくらにすべきかなんて馬鹿げたことをくそ真面目に研究し議論しているのであります
「いい加減にしなさい」「衣食足りているのに何をこれ以上求めるのやら?」わかりませんーね、欧米化???
豊かで便利で平和な日本では、政治家も大きな舵取りをする必要がないし、しようともしません
しかし私の経験からも、「それほど大きな実感なないが、どうもおかしい?」という段階で慎重を期して、手を打つことこそが政治家や指導者がすべきことなんですがね
世界一膨大な借金を減らすどころか、ますます増やすなどという暴挙を国民が選んだ民主党がしているというのだから日本も、もう1〜2年しかもちませんよ、ある日突然、円の大暴落の日が視界に入って来ました
円も株券ですから(円も株券というとビックリする人がいるのは信じられません)暴落するんですよ、紙切れ同然になることもあるんです
今、円高なんていうのは、他の国が一時的に経済悪化しているからというだけですよ、ある意味、今が円を外貨という株券に乗り換える最後のチャンスかもしれません?
民主党が期待を裏切って、最もやってはならない人気とりのバラマキによって財政悪化を加速しています。鳩山おぼっちゃんは、もう背筋が凍る恐怖感を覚える超赤字予算を堂々と通したんです
「株式投資なんか怖くてやってません」なんて言う貴方、”円こそ今最も危ない株券”なんです、それこそ外貨MMFなんかに投資しておくほうがずーっと安心ですかね
小沢・鳩山が日本の地位向上になると期待したのは浅はかでした。でもこんなに短期間に化けの皮がはがれたことは、せめてもの幸いでしたね。このままでは、日本の地位は更に激落ちですよ
自民党の意味のわからないお坊ちゃん首相連続3発でしたが、民主党の小沢世間知らずさんと鳩山お坊ちゃんには、正直あきれはて「いかにも凄い人のようであったのが、首相になった途端、こんな頼りない無能な人だったのか」と、日本の印象又又、悪くなったが、国民としては、もう簡便して欲しい
結婚したばかりなのに、すぐに別れたいようなそんな心境です、それに一頃もてはやされた奥さんも、今になっては、そのお坊ちゃんの奥さんだったことでメッキが剥げ、幻滅していますが、嘘つき・裏切りは許せません
更に、更に、更に、・・・もう一つ日本国民にとっての悲劇は、予想外にお粗末な民主党以外に目下変わる政党がないということですよ
ところが、私のこういう考えが異常ですとか、極論過ぎるとか、大袈裟なとか、信じられないとか、村上さんはわかっていないとか、そんなことしたら日本は衰退すると大声で非難するありさま
狂った人間とか、傲慢な人間とか、頭でっかちな人間なんて、そんなものなんでしょうが、こういう人が妙に自信をもち過ぎるのは困ったものです
もう何を言っても受付ないのです。頑固者か又はまさに麻薬患者のごとしですね
いいですか、昔から今まで「衣食他って礼節を知る」というのは日本でもっとも良識のある常識的な格言なんですよ
知ってますか?農村は腰の曲がった年寄りが狭い畑で作っていて、豊かなはずの日本は食は不足しているんです
外国が日本を滅ぼすにのは簡単です、中国などが食料の輸出を止めればいいんです
最低限食は基本ですが、その基本を無視して、バラマキで借金ばかり増やすのが期待はずれの民主党なんですよ
今に年金も、健康保険も、高齢者介護、巨大地震・・・などのリスクによって次々に崩壊する危機が迫っているのです
日本人はもっと今の十倍百倍くらいの危機感を持つべきですね、それも現状のままで良いではなく、現状を全面否定するくらいの意識改革が必要だと私は思います。しかも大事なことはその時期はまさしく今なんです。今しかないのです
今を逃すと取り戻せないのです。癌みたいなもので「まだ大したことない」と思っている段階で早期発見・早期治療が命運を分けるのですがね?
私のように世間の人が都会へ都会へ、贅沢へ贅沢へ、楽へ楽へという時に辺鄙な山で暮らすことに生き方を大きく変えていく
こういう感覚こそが大事なんですがね、世間が大騒ぎしてから、狼狽しているようでは、人間の値打ちがありません
衣食足るでなく、欧米文明に汚染され、元々ほっそりスリムな日本人が肥満児のように更なる過食に陥るのです、抑制できなくなり、止めるべきなのに必要量の何倍何十倍も求めてしまうのです
数倍くらいなら、まだ許せるんですが、現代は多分100倍1000倍の欲望過剰に欲望肥満児になってしまったのです
そして肥満児のように、100kgでも200kgでも300kgになっても止められないのですが、それが都会中心の欧米型現代文明の悲しき姿なんです
@ 「衣食足って、不足を覚える」
A 「衣食足って、衣食を求める」
B 「衣食足って、礼節を失う」
C 「衣食足って、堕落する」
D 「衣食足って、利己的になる」
E 「衣食足って、多忙になる」
F 「衣食足って、人類の崩壊を目指す」
G 「衣食足って、地球環境を破壊させる」
H 「衣食足って、基本を忘れる」
I 「衣食足って、抑制・我慢を忘れる」
J 「衣食足って、限度を越える」
K 「衣食足って、欲望に火がつく」
欧米流のこんな馬鹿げたことを、このまま続けていると、近い将来に「衣食足りず」と言う時代が来るような気がします。
皮肉な話ですが、「衣食足って、衣食を欠く」となるということですよ
欧米文化に汚染され尽くした現代人は、どんどん妄想がひどくなり、大きな”ツケ”や”負の遺産”を子孫に残そうとしているのです
だいたい東南アジアに欧米流をそのまま持ち込むのは大間違いなんですがね?
皮肉なことに「子孫に美田を残さず」ではなく、「子孫に貧田さえも残せない」「子孫に膨大な負債を残す」可能性が大きいのです
資源はなくなり、温暖化し、食料は不足し、分捕りのための戦争が起こり、やがて、豊かさは一変してどん底の貧困へと向かう時代に向かおうとしているのです
BRICS:中国やブラジルやインドが経済発展するというのですから、悪化の速度は加速度がついて、日本の衰退は無論のこと、世界的な崩壊へと間違いなくつながっていく段階に突入してしまったのです
中国やブラジルやインドが経済発展によって、もはやバブルなんかとは比べものにはならないほどの地球規模の巨大な崩壊が確実に始まったのです
幸か不幸か資本主義の甘い汁の味を知ってしまった”自分勝手な我侭坊やの中国という元共産国”は、良くも悪しくも影響が大きいのです
資本主義が共産主義に勝っていることが証明されたなんて喜んでいる場合じゃないのです
資本主義の行き過ぎた競争がどんな結果をもたらすか、すでに皆さんは、さんざ、わかっているはずなんですが、現実は、その逆で、ますます競争へと世界を駆り立てようとしているのです
BRICSの経済成長は、不景気な世界の救世主ではなく、最後のトドメを指す刺客でしかないことをそのうち歴史が証明することになるのです
環境というのは、人間が衣食足ることなんですが、そういう精神を踏み外し、欲望の暴走により、衣食を保障してきた自然環境を悪化させようとしているのが西欧文明主義ですかね
もう遅いのですが、「もったない」「自然の暮らし」「質素倹約」「謙虚」「ありがとう」「いただきます」「勤勉」「誠実」「和」「助け合い」なんて日本文明が世界を救うはずだったんですがね、第二次大戦による日本の敗北が今日の世界の哀れな姿をもたらしてしまったのです
そしてその日本が敗戦後、衣食住など物を必死の追い求め、経済発展などという麻薬を吸い続けてきたのです。その結果が今日のこの様ですよ
正直言って「もう手遅れ」です、世界一優秀であった「和主義」の日本が再度世界をリードしない限りは、又は、日本人だけでも・せめて自分だけでも、日本本来の自然中心の生き方・暮らし方に戻るべきなんです
少しでもいいですから山や田舎の暮らしをする日本人が増えて、愚かしい欧米流の現代文明に気づいて欲しいですね
欧米文化が戦後急速に日本を含めて世界中を誤った物質中心文明へと引き釣りこんだのですが、それが世界中に蔓延してしまい、鳥インフルエンザのように世界に蔓延し、蝕んでしまったのです
悲しいことですが、愚かな西欧文明依存から勇気を持って離脱しない限り、どんな妙案があろうと、多分もう、根本的な取り返しはできないでしょうね
これらの現代文明病を治すには、都会に暮らす必要がないリタイーアーした高齢者などが、一人でも山の暮らしを始めるのが良いようにつくづく思いますね
まあ何でもそうですが、実際に最悪の事態になって、やっとその深刻さに気づくのですが、それを防ぐために事前の抜本策を打つのが政治家や役人や有識者の責務なんですが、全く期待できないことがわかってきましたから、自分自身で防衛するしかないのですよ
防衛手段をやっていますか?やっていないのであれば、そういうことをやっている人のネットを検索し今すぐに自己防衛を開始して下さい
オリンピックでメダルがとれたのどうのと、他人のことで一喜一憂している、そんな安易な状況の日本ではないし、座して死を待つような場合じゃないですよ
日本はすでに数年前から実質崩壊しているんです、癌で言えば、末期がんなんですよ、民主党がそれを悪化させようというのですから、日本がギリシャのように崩壊するのはもう時間の問題ですよ、しかもギリシャの場合のようにどこの国も助けてなんかくれませんよ
188.猛暑&異常低湿度が好きなの?都会を捨てられない現代人?  2009-06-29 13:20:30
188.今日も京都に出てきたが,室内の温度は30℃湿度は36%異常低湿度
山に10年以上住んでいるが、毎年猛暑の夏でも、山の格別な涼しさには感激している
山で長年暮らしてみて、日本の暮らし方として、今更ながら、適正であるということに気づいたのである
今年も梅雨に入ったが、山では、夜〜朝:21〜22℃、昼間も室内や木陰は25℃くらいで汗をかくことはない、夜は寒さを感じ布団をかけて寝るのである
この一見大したことのないような事実が、自然の素晴らしさ・偉大さを表現している
もっとも森も間伐されず、高齢化と財政破綻による管理放棄が進み、虫の害や雪の害で年々痛んでいる、しかし自然は長い年月で見れば、やがて正常を回復するだろうが
滋賀県安曇川の山中から仕事で京都市伏見区の事務所に出向くことが何度かある
こういう場合、いつも確実に、京都の猛暑地獄というか灼熱地獄を嫌というほど実感するのである。その不快さは筆舌を絶する
しかも京都の猛暑&低湿度のほうが高湿度の山の中よりかなり不快なのである。これだけは不思議ですね。京都では室内でじっとしているのに、どんどん汗が噴出すのである。
「よくもこんな猛暑を我慢して暮らしているなー」「何でもかんでも手当たり次第、不平不満を言う人々が、高い電気代を払いクーラーかけて身体を悪くしても都会から離れないで我慢しているのである」
身体につくづく良くないのだ、温度もさることながら夏の都会の湿度は梅雨や雨降りの日を除くと砂漠のように湿度が低い一年中火災の危険にさらされているのである
梅雨時が唯一正常な湿度だということをもっと知るべきだと私は思うのだが?
人間というのは、いざとなると、随分と辛抱強いものみたいだ、一体どこまで猛暑の都会で我慢するのだろうか?
私は最近京都に来ると鼻血が出るのである。それが年々ひどくなっていて、最近は冬だけでなく、梅雨時を除き一年中そういうことがおきるのである
それもそのはず、どうやら、山の湿度は一年を通じて60%を割り込むのはごく稀なのだが京都では湿度20〜30%なんてのはざらなんだ
間伐されない管理放棄の森の木は虫の害を受け、都会の木は水気を失い猛暑と大気汚染更に虫の害で瀕死の状態だ、人はそれを見て何を思うべきや?
元々、大昔から、日本人の祖先は、山中で湿度の高い暮らしをしてきたのである
当然、道路は舗装でなかったし、都会でも野原や庭や草花や川や水溜りや池などが沢山あった
それが野原や道路は舗装でと家はコンクリートで覆われ、川は暗渠などで地下に埋められてしまった
そこへきてクーラーや自動車や工場の排熱によって暖められることで異常に湿度が低い状況が定着してしまった
ひょっとすると、都会は、砂漠の何倍も乾燥し、身体に有害ではないかと勝手に心配している。砂漠は昼は暑いが夜はすごく寒いらしいし、自然の環境であることは確かであるのに都会はいかにも不自然なのである
不自然(非自然)というものは、実を言うとこんな恐ろしいものはないのである。不自然は更なる不自然(人為的・非自然)を生み出し、不自然のスパイラル(渦)に引き込まれていくのである
気象庁の天気予報でも、気温の予報はするが湿度の予報や実績のデーターを公表しない
気温も異常であるが、都会の湿度は年がら年中すごく異常なことになっているのに気付いていない
家電メーカーは除湿機なんてとんでもない身体に悪い機械をあたかも「素晴らしいもの」のように宣伝して売りつけてきた
そして市民は、まんまと、騙され、一家に1台2台と設置し、ガンガン除湿をする。しかも最近は深夜も含めて一日中なのである
こういう文明の利器が益々人間を自然な暮らしから更に遠ざけ、人間の身体を弱くしていくのだ
湿度20〜40%なんて都会の暮らしに、除湿機が必要なわけがないのである梅雨時が唯一湿度が正常になるのに、それを知らずに除湿する、この都会人のなんとはない行為がすでに異常なのである
都会ではジメジメしていると感じても湿度は山の80〜90%の半分〜1/3にも満たないことを知るべきなのだ
温度が高ければ湿度が高くなって当然なんですが、都会では、なんと猛暑&低湿度である
森は夏の暑さでも冬でも湿度が保たれています、除湿なんてとんでもないことである。もし、そんなことしたら森は禿山になってしまうのである
都会の猛暑&低湿度は身体にかなり悪い、梅雨時はジメジメしていて良いのである。ジメジメを大いに楽しむ・享受すべきなのだ
熱帯のジャングルは猛暑だが高湿度で自然が維持されていることを忘れてはならない、こういう状態こそ自然なのである
ひょとして「夏の都会は湿度が高い」なんて思い違いをしていませんか?
嘘と思うならば湿度計を買うべきだが、家庭には、何故か温度計はあっても、湿度計がないのである
地球温暖化とかなんだかんだとマスコミが騒ぎ重大問題としてとりあげるが、猛暑に関連して都会の異常な湿度の問題の重大性を取り上げることは少ない
山が涼しい理由は、木や草が多いからです。地面への日差しをさえぎるとともに、草木の根が、土の深い所から水分を吸い上げ蒸発する水分で一日中冷やされているからである。言うならば環境に優れた森のクーラーなのである
都会には木や草はないから、家電製品として木の何倍も環境負荷を排出してクーラーなるものをガンガン動かしているのである
かなり雨が降らなくても森のこの働きは途絶えることはない。素晴らしいというか凄い
文明の利器?のクーラーは、(環境に悪い有害な)都会の木なのである、その違いは、森の木は自然で環境に好ましく、クーラーは地球環境破壊の凶器なのである
自動車以上にクーラーは環境に悪いのは明らかだ、こんなものが熱帯地方に普及しないことを祈るだけだ
森は夏でも涼しいくかつ環境に良いが都会のクーラーは都会をむしろ暖め、しかも環境に悪いのである
人間の考える技術とは比べるまでもない
大人と子供、プロとど素人の差があるのだ
もし、どうしても都会に住むのならば、不便でも高くても、森の付近を選んで住むべきである
自然の叡智の自然の環境に暮らすべきか?お粗末な人間の浅知恵の作ったコンクリートとアスファルトの都会の環境に暮らすべきか
答えは、言うまでもなく明らかなはずである
しかし人間は人間が開発したものを、英英と積み上げてきた自然の営みより上と考えるのだ
しかも人為的な発明に文化勲章や多額の表彰までする恐ろしさだ。人間はどんどん麻薬に溺れていくのである
人間は何か大きな勘違いをしている、しかもその間違いに気づかない、又は敢えて気づこうとしていない
堕落する人間、そして崇高な自然そのどっちを人は選択すべきなのか
「自然に優しい」とか「地球に優しい」などと不埒で不敬なことを軽々しく言う人間がいるが、そんなことを言うべきではない
人間なんて小ぽけなもののやること(=人為的又は非自然)に従ってはならないのだが、
どうも人間のやることは麻薬のような怪しげな魅力(魔力)があるようだ
さあ、まず都会という人間の作り上げたとんでもなくお粗末・下劣・愚劣なものを捨てるべきなんだ
たかが都会の猛暑と思うなかれ、都会の猛暑から何を学び、何を感じ取るか?
ささいな兆候に過ぎないかもしれないが、小さな兆候から何を感じ、どんな行動をとるべきなのか?
「ノアの箱舟」である、他人が意に介さないときでも自分だけは何かを感じ取れるかそれが生き物としてのあるべき姿なんだろう
都会と田舎を真正面から比較対比してどちらが良いのか評価してみることが必要な時期になっているようだ
186.急速にすすむ森の荒廃/禿げ山化:自分に損にならないことは、ニュースにならなくてよいのか? 2009-04-14 07:55:56
186.自分に損にならないことは、ニュースにならなくてよいのか?
「ミツバチ不足で野菜や果樹ができなくなる」というニュースが流れましたが、都会の人には「一体それがどうしたの?」「何か問題なの?」「ミツバチなんてどうにかなるでしょ」という浅はかな思いだけでしょう。
しかし農家にとっては死活問題なのです。山に暮らしている私のような人間にはその問題のあまりの大きさを実感できます。
そして、農家に打撃ということは、消費者である都会の人の経済にも大きくふりかかってくることを知るのには時間が必要なようです。
「自分に直接の損にならないことは関係ない、どうでもいい」現代はそういうことがあまりにも多いのです。
企業も企業の業績さえよければ社員が首切られるのも正当なこととされるのです、政治も法律もそのような方向に向いているのです。
私は10年山の中で暮らしていますが、2〜3年前から山の木が急速に枯れていくことをホームページで報告してきました。
しかし昨年・今年の山は木の枯れ方が半端でなくなっているのです。
今年は冬に雪が少なかったにもかかわらず例年より倒木が増えたのです。高島市周辺の山でも、高い木の真ん中でポッキリ折れている木が山肌に目立ちます
政治家・有識者・マスコミの人、一例にすぎませんが、是非私の住む安曇川長尾にでもお出で下さい、日本中に進む山の木の枯れていくあまりの凄まじさを見て下さい。いつでも案内と説明を致します。
山は管理放棄され、間伐されないので、陽も当たらず、温暖化によってか、虫も増え、木が弱ったこともあって枯れが加速しているのでしょう。
しかし周辺に住む田舎の人もそういう光景を見ても特に問題だからと行動を起こそうとはしない
その理由は次のようなものだと思う。
@ 輸入材に依存し、山の木を長い間、使用してこなかった(無用の長物になっている)
A 山の木が枯れても地元の人は直接困らない
B 高齢化で山を管理する経済力・体力・気力がない
C 過疎化で山の管理ができない
D 政府も格別すぐに困ることはない、選挙にもあまり関係ない
E 政府や役所への働きかけもない
F 木が枯れても10年も経てば山は再生すると思っている
G 対策しようにも、県も村の役所もお金がない
H 関心が薄いのでマスコミも話題にしても価値がない
I 都会の人も山の実情を知らないし、直接あまり被害者意識はない
J 山へ出入りする山林がなくなっており、放置されて道路も荒れている
K 限界集落など山の森や木以前の問題が解決できなり状況である
したがって多分日本中の管理放棄された森がここ数年木が大量に枯れていくまま放置され話題にもなっていないと思う。
ミツバチなんかもすでに2006年ごろから問題になっていたのですが、今年はもうどうしようもない状況に追い込まれている
昨年までマスコミでもそれほど話題になっていないことが、環境問題に追加してミツバチの問題が食料の自給に暗い影を落としている
日本は島国と言われているが、実は山国である。
その山が例え一時的にしろ全国的に木が枯れ又は立ち枯れたままの状態が続くのは相当に大きな問題ではないのだろうか?
山に長年暮らす私はとしては、大きな問題だと思うのですが、なぜマスコミでも政治でも問題にとりあげていないのだろうか?
@ たち枯れた木、立ち枯れ寸前の木が山に増える
A 大量の木が一挙に枯れてしまう
B 森は大量の枯れ木の倒木で一杯に覆われる
C 森の保水力が急速かつ大幅に減ってしまう
D 年中高いはずの山の湿度、今後急速に低下し乾燥する
E 弱った木、湿度の低下、強烈な太陽の日射が直接長時間当たるようになり更に状況は悪化する
F 温暖化や山の乾燥によって、更に山の温度が上がる
G 虫が繁殖する
H 虫が、元気な木までを加速度的に食い荒らす
I 山の気温・湿度・寒暖差・暖冬・真夏の高温化などによって生態系が更に崩れる
J 木が枯れると鹿や動物の食料がなくなり更に木の皮やタネなどを食い荒らす
K 木が枯れ、根っこが弱り、保水力もなくなり大雨・台風で地すべりなどが多発し山肌がむき出しになる
ゆっくり進む山の木が枯れる現象も、ミツバチ以上に、そろそろ我慢の限界を超え今後加速度的に進行するように思う
山に10年も暮らしているとその気配がわかるが、地元の人も含めて山に暮らす人は激減している
山で10年暮らしているが、地元の人も役所の人も、政治家も山の見学や調査や聞き込みなんかに来られることはない
山の森の木は自分ではどうしようもない、木々(植物達)は、動物でないから動けない、座して死を待っしかないのである
本来都会の人間である私が、何故か、たまたま山に暮らしていることという理由だけで、一人孤軍奮闘して間伐や清掃をしている
しかしそんな私の努力なんかしれたもの、ご覧なさいここ3〜5年日本の山の問題は大きくなりやがて麓の村や町そして都会にも大きく影を落とすことになりはしないのだろうか?
ミツバチも山の木も最初は現地の問題であるがやがて都会の人に大きな重石となって来るがそのときはすでに取り返しがつかないのである。
「大丈夫です20〜30年経てば山は元通りになります」というがそれも局地的な出来事の場合はそれでもいいかもしれないが、
ミツバチ問題同様にこれが全国規模で一斉におきると、短期間であっても、自然災害や山の砂漠化みたいなものは都会の人も含めて大きな被害を覚悟しなくてはならいと私は確信するものです。
日本の国は都会だけでできているんじゃない都会の上流に山があることを忘れてはいけません
日本の国は都会だけでできているんじゃない都会の上流に農家が頑張っていることを忘れてはいけません
184.村上さん「枯れる木は枯れさせるほうが良いんです」と言われて思ったこと 2009-01-26 08:48:15 
私は10年滋賀県安曇川の山中で一人暮らしています。8年目くらいからやたらに木が虫に喰われ枯れていくのに気付きました。
そして高島市役所にメールし、どうすべきか、市として何か対応しているのかを問い合わせたのです。
私は、市の人が、「ありがとうございます。そうですか、早速対処しましょう、こういうことをしています…」というような回答が来るのだろうと思っていました。
しかし私の期待に反して、回答は意外なものでした。
「村上さん虫食いの被害はすでに全国的なもので、ここだけのことではありません、
地球温暖化の影響もありますが、それら虫食いの被害を受けている特定の木を保護するのはいろいろな意味で困難です、
自然というものはある木が枯れても次に別の木が生えてきます、それが自然の生態系というもので、何十億年もそういうことを繰り返してきたんです。「枯れる木は枯れさせるほうが良いんです」
そういう自然の力にまかせておけば良いのです、いや、むしろそのほうが望ましいのです。
私は「随分いい加減な役人だ」と思いながら次の質問をしました。
「ところで良い殺虫剤があったら教えてくれませんか?又はそういうものを市が支給してくれないのですか?」
「村上さん殺虫剤をまくとむしろ、別の被害が大きいのでお勧めできません。またそんな予算もありません」
でも世間知らずというか自然知らずの私は「なんと横着な役所やなー」と思ったものです。
当時は、他の人にも「これこれしかじか、全く役所というのはいい加減だ」などと触れ回っていたものです。
その後2年間、山の木は、私の住む場所だけでなく全国的な規模で更にどんどん枯れていったのです。
昨年平成20年晩秋には付近一帯で大掛かりな枯れ木伐採を約60万円の大金をかけてやるはめになったのです。
そして沢山の枯れ木を伐採した直後に感じたことは、付近の景観や心地良さが大きく変わったことです。
陽が一杯にあたり、なんと明るくなった、なんと美しくなった、すがすがしくなったことでした。
今まで沢山のひ弱な木で暗かった付近一帯が明るく、残った木も心なしか元気になったような感じがしたのです。枯れる木を無理して生かそうとすると、他の木が全滅する恐れがあったのですね。
その後最近になって、サブプライムローン問題なんかが起こり、久しぶりに、高島市の人が言った一言を感慨深く思い出したのです。
そうか「枯れる木は枯れさせるほうが良いんです」はそのとおりだなー。じたばた狼狽せずに無理やり維持するより、駄目なものは駄目と諦め、何年かかっても一からやり直すべきだ。
昨年来、サブプライムローン問題により世界中が経済的に混乱していますが、これも同じことが言えるのです。
森の木も枯れる木は切り倒すか、自然に倒れるのに任せるしかないのであって、市の人が言ったように殺虫剤をまいたり、姑息な手段をしてはならないのです。
今回の未曾有の混乱においても「姑息なことに頼らずに根本を正せ」の精神を忘れてはなりません。
殺虫剤をまくのはいかにも簡単ですが、本質的な改善にはならないばかりか、むしろ弊害を更に増やしてしまい、事態は更に悪化するのです。
過去日本や世界がやってきたことは、むしろ次々に姑息な手段を積み上げてきたのです、その結果が現代社会です。
自民党麻生坊や一派が定額給付金などを多大な労力と税金を使ってばら撒くというのはまさに愚かな政策です。
こんなその場限りの政策を国民はもはや期待していないのです。もっと将来の不安を解消することに使って欲しいのです。
とりあえず安易に殺虫剤をまく式の政策を無理やり実行しようとしている自民党は、無策な集団、政治を放棄した無能集団、無謀なやからと言わざるをえません。
個人的にも人生や暮らしのあらゆる面で、その場限りの対応をするのが現代人の常識になっているのは末恐ろしいことです。
是非人生や暮らしのあらゆる場面で、こういう安易・安直な習慣をやめ、「本質から変える=改革」「再発予防策」「根本対策」を実施して欲しいものです。
多くの場合、自然の意思にまかす、自然治癒力にまかすことが最善の策であるのです。
最後に、
「迷ったら自然に訊け・迷ったら自然に従え、迷ったら自然にまかせ」ですよ
170.静かな自然の森での暮らしの開始時チェックリスト  2008-09-21 16:27:30 
10年、滋賀県高島市安曇川長尾の森で暮らしています。森に住む私のような都会人は、かなり珍しいと思います。私の体験からの森での暮らしの場所・家の選定の参考にして戴ければ幸いです。当社では10年の森暮らしの実体験から、森に住もうとされる人に、場所や家を購入する又は家を設計する場合のアドバイスをやっております。滋賀支所におい出になる(無料)か貴方の希望の場所の現地へ同行します。(有料)⇒クリック
1.敷地
200坪は欲しい但し周囲に家が建つ心配がなければ150坪でもよい
隣の家から自分の家の距離10mは欲しい
日当たり・見晴らし・風とおしを確認する
家の10m以内の下や上に崖がない
笹や竹や蔓系の植物は事前に掘り起こし、抜いておく
北側は2〜3mの空地をあける
北側は高い木を伐採しておき日当たりや風とおしをよくしておく
付近に農家があって農薬が飛んでこない
付近に自動車が大量に走る街道がない
暴走族やヤクザや
熊・鹿・猪・猿・蜂の被害を確認しておく
2.隣・近所
煩い人や周囲が汚い人や臭気が出るような隣家は避ける
隣の家の大木の倒壊の危険
マナーの良い人
ごみ処理などがきちんとできている
あまりにも奇抜な人がいる場所は避ける
近隣の人が自然を心底愛する人である
音楽マニアや夜遅くまで騒ぐ人は要注意
どちらかというと隣近所は、かなり離れているほうがよい
付近にゴミが不法投棄されていない
付近に小川がある
3.道路
舗装がしっかりしている
道路に物が放置されていない
道路がきれいに清掃してある、または後日清掃できる
洪水などで道路が崩落しないか確認する
4.雪
冬に根雪になりにくい場所
雪かきができる場所
5.木
倒壊してくる恐れがあるので、異常に高い木は事前に切っておく
杉や檜が少ない場所、雑木林がよい
敷地内の背の高い巨木は事前に伐採しておく
6.家
東南側に庭をもってくる
壁には棚を多く設置しておく
玄関や水周りは北川へ
1階建てが良い
できれば普通の家屋がよい(ログは維持が大変)
窓ガラスは二重ガラス
家の基礎はコンクリートべた打ちであること
北向きのベランダはすぐに腐る
ベランダの地面もコンクリートべた打ち
雨水の側溝は葉や土がたまらないようになっている
家や施設に腐った箇所がないか確認
蚊や虫やねずみや蛇除け網戸は絶対に必要
7.冬
冬がかなり寒い地域では、冬は都会で暮らすほうが無難である
冬住む場合、雪のふる地域では、自動車の車庫が必要
北側は防風の木があるとよい
屋根は、雪が落ちる傾斜で、雪がお隣に落ちないこと
8.施設
土間はあると便利、土間はコンクリートうち
2階を屋根つきベランダにし、その下を土間にする
物置はやや大きめのを戸外に設置
玄関の外はやや大きめのひさしをつけておく
バイクや自転車置き場を外に設置
家の中にカビが生えることがあるので事前に対策しておくべきである
物干し場を戸外と土間に設置しておく、ふとん干し場も考えておく
9.屋根
アンテナを設置するなど屋根に上がる階段や屋根に1uの平面を設ける
屋根は歩けるような工夫をしておく
屋根はガルバリュームかステンレスがお勧め
屋根は断熱したり空気がとおる構造にし夏場高温にならないようにする
屋根のひさしは1mくらいあること
10.ベランダ
ベランダは使用目的・使用頻度を事前に確認不要ならば作らない
ベランダはできればアルミやプラスチックの腐食しない材質を用いるとよい
ベランダと家は切り離して設置する
ベランダは向き・景観・屋根の有無・蚊よけなどを工夫しておく
11.水周り
洗濯機は排水方法を含め設置場所をよく考えておく
少なくとも冬以外は水が利用できること
風呂の水は側溝へ
台所の排水は水と屑を分別し、排水は地下浸透とする
夏場のお風呂は太陽光温水器などを利用するとよい
薪で焚く露天風呂にするのもお勧め
豪雨の場合に水はけがきちんとできるようにしておく
12.トイレ
トイレや風呂は家の外に外付けする、家の中に作るのはもったいない
トイレは簡易バイオトイレでよい
食料屑はバイオ処理し発酵させ肥料にする
13.通信
住む場合は固定電話も必要
インターネットは低速しか利用できないことを覚悟する
携帯電話が通じるか確認
14.庭・畑
庭を用途で分割しておく
野菜作る場所は地面を掘り返し土も入れ替えておく
野菜作る場所は、鹿や猿よけの金網のあるしっかりした小屋を作っておく
畑を大規模にやると大変なので手間のかからないものや量は少なめに
庭などには必要な場所以外はできるだけコンクリートを打たない
家の周辺に木の柵を使用しない、短期間で蟻が住み着く
人が近寄った場合の自動照明や必要に応じて監視カメラをつける
庭の植物を植えない場所の雑草対策をしておく
ガラス張りの2uくらいの温室なんかを設けておくのもお勧め
15.遊び
鉄棒・バドミントン・バスケット・壁打ちテニス・ゴルフ・芝生・卓球台
芝生・すべり台・ブランコ
16.窓
天窓はいらない
窓は外の景色を見るためには大きめの窓にする
戸締り・盗難予防はきちんとやっておく
窓も目的・用途を考えて個別に形状・構造など仕様を決める
17.冷暖房
寝る場所を決めておく、特に夏涼しい場所にすること、2階は暑い
ねんのため湿気取りやちょとした暖房にクーラーは1台あったほうがよい
夏場の風とおしや日よけを考えておく
除湿機や換気扇を必要数設置しておく
薪の暖炉は薪を割って蓄えたり、手間がかかるので最初はつけない
18.電気
外部照明も事前に考えておく
コンセントは大目に設置しておく
オール電化におしておくとプロパンガスが不用となる
外部コンセントもつけておく
19.大工、雑仕事
大工や雑仕事などをすることが多いので作業場を決めておく
大工用の木材などを置く場所を作っておく
電動工具はある程度購入する
20.その他
いざという場合、助けてくれる人がいる
いろいろ探せば、250〜500万円くらいで森の暮らしは可能です
164.滋賀県湖西の森に暮らす村上和隆の一日 2008-08-02 17:00:28 
164.滋賀県湖西の森に暮らす村上和隆の一日
梅雨が終わり本格的夏に入って、森・山は涼しい快適な時節になっています
日々、大自然の簡素なシンプルライフを楽しんでいます
夜2時頃一度目を覚めます
もし喉がかわいている場合は、口をゆすぐ(夏の山では夜就寝中にはほとんど喉が渇きませんが)
布団の上で村上隆式ヨガを40分入念に行う(若さを保ち、身体が蘇える)
その後、4時までまた熟睡する(熟睡が二回あることになる)
4時NHK放送の「ここのの時代」を聴く
5時に窓を全部閉め切る、クーラーを15分かけ除湿(午後1時までログ室内の涼しさが保てる)
4時頃、鈴を転がすような日暮の泣き声を心地よく聞きながらまたウトウトと寝る
6時頃起床
朝の散歩や水遣り、午前と午後、山には爽やかな風が吹き渡る
朝食(牛乳ヨーグルト・パン・ハムエッグ・サラダ(今はパセリとしそとピーマンは庭から)・コーヒー)
魔法瓶の中のような涼しい室内でテレビやパソコンで仕事
ちなみに山では日中、蝉はほとんど鳴かない、静寂がある
昼食
午後2時〜5時は野外で野良仕事と大工仕事と運動で汗かく
2個のバケツの水を太陽光で暖めたお湯で汗流す
6時頃また20分くらい日暮が泣く(今日も一日終わったよ!)
夕食
テレビ見る
外は完全な闇夜になる(満月の日だけは夜も歩けるが)
午後9時に就寝
週一回安曇川の町へバイクで食料買出し
一月の経費は、夏電気代2500円と食費30000円その他バイク水道代など6500円計39000円也
週一回麓までバイクで5分、料理用や飲み水用の水を汲みに行く
最近困るのは鹿と猿の害だ、自衛しているが野菜や草花は油断すると喰われる(でもまあいいか)
見ていると、日本の農家の実態は、腰の曲がったバアサンがほとんどだ、あと何年かで農業生産者が更に激減する
猿・鹿・猪の駆除も高齢化のために進まない、日本の食料確保も大変だ、どうしても輸入に依存せざるを得ないと思う
人間から見放され、管理放棄の日本の森も瀕死寸前、日本の山村の人間も木々も高齢化し、ついに自然は崩壊していくのでしょうか?
崩壊寸前の森で、自然の恵に触れ、すでに10年も暮らしていられるのは、ある意味、幸せなのかもしれません
何億年も黙々と繰り返す自然の営みは的確である
偉大な自然は、欲張らず・奢らずなすべき責任を果たしてくれる
自然の暖かい懐に抱かれて、大きな恵を受けることの素晴らしさ
自然の叡智を実感しています
ところで京都などの町では埃や有害物が多いのですが、山はほとんど埃が出ません
都会は汚いものを日々大量に吸っていることに驚かされます
今年7〜8月は山に籠もり、京都には行ってません
京都は猛暑だそうです。ぞーとします、でなく、考えるだけで大汗が出ます
訪れる人もない山にて、森のおじさん村上和隆より
160.梅雨の安曇川山暮らし日記 2008-06-21 19:27:35 
安曇川長尾の空気のきれいな山で、静かに一人暮らす日々です
今は、梅雨で、紫陽花がきれいに咲いています
訪れる人はなく、猿・鹿・きつね・狸・りす・蛇・とんぼ・蝶を友に 平凡な山の暮らしですが、極楽です
10年暮らした私だけの秘密の基地・地上天国
今年から自動車を止めて、バイクにしましたが、すっかり買い物の足になっていますが案外便利で快適です
薔薇が咲いた薔薇が咲いたピンクの薔薇が沢山咲きました
兄貴から教わったHB101の液肥がごっつい利き庭は一面花盛り
今年は”柿8年”で、柿の実もたわわになることを期待出来そう
ガスを廃止し薪で湯わかし風呂にポンプアップして入浴開始しましたが、これもごく当たり前になりつつあります
その残り火を七輪移し、ジャガイモ煮たり、魚焼くがやはり、うまい
レトロな生活・昔なつかしい暮らし・自然の生き方、楽しんでいます ?
空梅雨から本格梅雨になって紫陽花が沢山咲いています今満開直前
梅雨でも、気温が低いのでまあ蒸し暑さもまあまあです、夜もぐっすり ?
ソメラ高速脱水機を使い95%くらい脱水するので部屋干しで半日で乾く約26000円お勧めですよ ?
今年から、夜は9時に就寝、朝は5時に陽が昇るとともに起床 離れの焼肉ハウスもやや改装しました
その他ベランダの雨漏り対策やら、庭の木の植え替えやら、日々の野良仕事で日が暮れていきます
158.山で薪で湯を沸かし風呂で使いガスを完全廃止しました 2008-05-14 07:17:27 
私は滋賀県安曇川の山に10年一人で住んでいます。
最近歳も65歳とそろそろお金の節約や環境問題も考えなくてはならない年齢になっています。
そこで今年の山でのテーマは@四輪自動車を止めバイクにするAガスの使用を止めるB土を改良し野菜作りの準備をするC付近の清掃や木の剪定雑草除去など環境を改善するDあらゆる面で節約し無駄な資源の浪費を止める
@のバイクはすでに改善し快調に田舎の道を疾走しています。おかげで年間10万円程度の節約もできました。専用の屋根付倉庫も作りました山の木と廃材を使い費用100円也でできました。
Aについては今回中華用の直径60cmの中古の大鍋を9000円で購入し山に放置された薪で風呂の湯を沸かしています。薪は乾燥していて火付きも火力も抜群です。更に山の清掃・美化にも役立ち一挙両得です。
B土作りも開始していますしCもDも積極的に取り組んでいます。
またおいおい成果を方向する予定です。
山は10年も暮らしてみると実に素晴らしく味わい深いものですよ。
どうですか一度お越し下さい。
118.森林国日本の山は、遠目で緑一色であるから健全のように誤解している人が多いのが心配です 2007-11-04 09:45:10 
今、山中の木々は、都会の子供達のように人の関心を受けずにひねくれ・引きこもり・愚れ・切れ・瀕死の状況になっている。もう一本づつの木をどうしようというレベルではなく、森全体をどうするか真剣に考える最悪な時期なんです。都会でニートや引き篭もりや切れる子供が問題になっていますが、山の木々も同様な状況なんですね。
今、日本の森は人間同様、危機を通り越して、末期的な状況になっているのです。
子供は見捨てるわけにはいかないが、森の木々は今完全に見捨てられている。山は持ち主にも木材業者にも政治家にも完全に見放されているのです。
しかしそんなことで良いのでしょうか?人間にその害が降りかかって来ないのでしょうか?
身勝手な人間がびっしりと木を植えたが、今もって木を切って間伐しないために、太陽の陽も当たらない、現代の都会の子供と似ているのです。
木は、必死に太陽を求めて空へ右へ左へとのた打ち回っている。ヒョロヒョロとか弱く、温暖化により、虫にも喰われ病気をわずらう木々で森は満ち満ちているのです。
山の状況は悲惨なものですが、山に住む人が少ないので声が政治に届かない、届いても聞かぬふりをしている。選挙で票がとれないからです。田舎の人々も、昔のように、もう山に頼ってはいないし、森の管理ができない。田舎の人が時々山に上がってきて「山の暮らしはどうですか?」なんて訊かれる。「山で暮らすなんていいですね」「羨ましい」なんて5分くらい離れた麓に住む村人が言う。
山の木々が泣いている。大きな声をはりあげたいが、木はそれができない。もしできたとしたら日本中が木の泣き声ですごくうるさいことでしょう。私のように、山に長年住む人は少ない、その私には木の泣き叫ぶ声が聞こえます。現実に木は高齢化し虫が繁殖し日も風も当たらず、切って欲しい年月なのに切ってもくれない。どんどん木は瀕死の状態になり、立ち枯れ、突如一斉に倒れていく。日本の山もあと10年持つかどうかだが、良いのかなー?都会の枝葉末節なことを国会で議論していて良いのだろうか?日本は海の国であると同時に山林の国ということを忘れている。
「森を見て木を見ず」「社会を見て子供を見ず」「会社を見て。社員を見ず」「国や世界を見て国民を見ず」・・・・・皆、瀕死の重傷に耐えているが時間の問題ですよ、危機ですよ。
地元の町役場の人が言われた「村上さん森の木は何百年の年月を経て木の種類が移り変わっていきますから何もしなくても、自然の力によって再生し、大丈夫なんです」確かにそうかもしれない。しかし少なくともここ20年30年日本の山が一時的に丸裸になり温暖化により気候変動で、洪水などによる崖崩れや鉄砲水などの被害が続出したり、海の水質や漁業資源にも大きな影響を及ぼすことが非常に危惧されます。「甘さ・遅さは命取り」
「人間のやった悪さは、あとは野となれ山となれ」「自然がなんとかしてくれる」などと捨て鉢な考えで良いのでしょうか?
今こそ、選挙の票のことしか頭にない不誠実で愚かな政治家や役人でなく「現代の二宮尊徳」が現れないと、日本も世界も地球も人類も崩壊してしまうと思うのですが?
117.山で一人暮らしを10年やってほんの少しだけ見えてきたこと 2007-11-01 14:52:17 
なぜ僧侶はわざわざ、山の中で修行するのでしょうか?
都会でも出来るように思いませんか?
都会では、自分を見つめることに集中できないからではないのでしょうか?
とんでもなく煩いところで寝ろというのと同じような状況でしょうか。
まず都会のような沢山の無用な影響を受ける環境から離れることが第一ですが、普通の人には、それがまずできない。
それができないから、「自分を見つめるということ」なんか到底できない。
そして「自分を知ること」「本来の人間を知ること」もできないまま都会の雑踏の中で、物欲・性欲・食欲・名誉欲・権力欲にまみれて、外見は一見豪華だが、汚れ・苦しみ・すさみ・貧相な人生を送るはめになる。
人間という奴はどうしても真剣な修行をしないと真っ当な人生を送ることはできないのです。
都会では「見るな」と言われても、どうしても多くの他人を見てしまう、というか見ざるをえない。
そうすれば何やかやと無用な影響を受ける、良い影響だけ受けるなんてそんな都合の良いことはありえない、何かと心が動揺する。
都会の人というのは何も望ましい影響だけを与えてくれるとは限らない、否むしろ悪性の放射線のように悪い影響を受身的に被爆してしまっていることも大いに考えられるのです。悪いかどうかは一応別にして一度そういう受身的な影響から離れることも大事なことです。
汚れた垢を落とすということでしょうか?しかしこの垢なかなか落ちません。
他人と自分を比較する、永久に自分を見出す機会を逃し続けるのです。
「そんなことあるか、人生は面白おかしく暮らせばいい」「都会で多くの人と交わらない暮らしなんてみじめ」という人が多いのですが、そういう人は、まあどうぞ、都会で存分に幸せ(?)をつかんで下さい。
もし貴方が心の底から幸せならば、こんな修行じみたことをする必要もないのではないでしょうか?いいのではありませんか?
私は他人様に敢えて、困難なことを押し付けようなどとは少しも思いません。
しかし・・・・・・自分を静かな環境に長いこと置いてみて、見直すことも大事だと思い始めた今日この頃です。
多分皆様にはおわかりにならないことだろうと思います。
私も10年やってみて、何となくわかってきたことです。
           山一人暮らし   (都会の暮らし )
1  勝ち負け    意識薄れる   (負けたくない)
2  競争      ない        (醜い争い)
3  比較      必要なし     (しょっちゅう)
4  喧嘩      できない     (多い)
5  背伸び     必要なし     (背伸びする)
6  買い物     あまりしない   (毎日する)
7  悩む      少ない       (多い)
8  他人の影響   少ない      (大いに受ける)
9  他人の目    気にしない    (大いに気にする)
10 気兼ね     しない       (大いにする)
11 社会からの影響 受けない    (大いに受ける)
12 依存      できない      (する)
103.山の夜はすっかり秋:さむーい!楢系の木の立ち枯れ 2007-08-27 16:08:20 
夜はすっかり秋:さむーい!
ここ2日朝の外気温が18℃が続いた。日が短くなっているので、そろそろ山の夜は完全に秋だ。
夜は涼しいというレベルから寒いというレベルになってきて、布団をかけパジャマをしっかり着ないと寒い。
日中はまだ28℃と夏なみだが、多分来週は昼間もかなり秋めいてくるように思う。秋の花が咲き、そろそろ柿や栗が大きくなっていく。
ところで最近ブナ・ナラ・クリなど楢系の木に芯喰い虫(黒い細長い2cmくらいの虫)やすずめ蜂・蟻・カブト虫などの害虫がつき、次々に枯れている。状況は相当にひどく私の住む長尾の山林も、ここ2年くらいの間に被害が急拡大しており、来年はほぼ全滅に近い状態になりそうだ。カブト虫も蜜を吸う木がなくなることになりそうだ。
ひと時、松の木が松くい虫の被害でほぼ全滅になって、全国に立ち枯れた松があちこちに見られたが、次は楢系の木の番になりそうだ。
参考(楢の立ち枯)
参考(森の広場)
電車に乗られたら、山肌をご覧下さい、秋の紅葉の時期でもないのに茶色になった部分が目立つのがおわかりです。これが芯喰い虫の被害による木の立ち枯です。
来年以降、楢系の木の葉が更にどんどん茶色になり、数年かけて次々に倒れていくことになりそうだ。
滋賀県高島市の役場に訊いたところ、滋賀一体の山もすでに相当ひどい状況のようだ、そしてすでに全国各地でも、相当の被害が拡がっているのだそうだ。
熊・鹿・猿・猪の被害に加えて、木の立ち枯れも加わってきそうだが、山村は高齢化と財政逼迫で山の管理は野放しになっている。
参考(芯喰い虫被害)
日本の山も楢系の木が枯れ、相当に様変わりつつあるらしい。山の保水力や地盤が弱くなっていくことが間接的に都会の猛暑に少なからずつながっていくことだろうと心配する。
このような害虫が増え、立ち枯れるということも、地球温暖化の影響のように思うが、人間が環境問題に真剣に取り組まない中に、どんどん状況は深刻化させていくように思う。当面の対策は困難なようで、数年の経過を見るしかないのだそうだ。まあ木の間引きができていないから、間引きができて結果的に良いかもしれないが、ブナ・ナラ・クリなどの楢系の木がかなり少なくなっていくのは問題ないのだろうか?生態系が崩れ、新たな問題が出て来なければ良いが?
ここ2〜30年のうちに、日本の山は次々に虫の害などで枯れていくのだろう。その結果が都会の人にどういう影響を及ぼすのだろうか?
都会の人間は、田舎の山の木が枯れるなんてことは何とも思っていないだろうが、現代人はもっと、本質的なことに目を向け、本質的なことに、時間・お金・努力を惜しむべきではないと思う今日この頃である
@本質的なこと
A本質的でないこと
人間は本質的なことにあまり悩まず、”本質的でないことに真剣に悩んでいる”のが現代の病巣のように思えてしかたない。
ところで丹沢で、ブナにブナハバチが大量に発生し、重大な食害になっておりブナは丸裸になっているとか。
丹沢ではこれまで多くのブナが立ち枯れており、これまでの県調査で原因は【1】大気汚染【2】シカが植物を食べることによる森の乾燥化【3】ブナハバチの食害-とされてきた。ブナハバチは大量発生すると二、三年は同じ木に何万匹も取り付くため、環境悪化で弱っているブナの枯死を招くと考えられている。
日本の山は、20年前30年前から専門家から言われていた”地球温暖化による木の立ち枯”が急速かつ広域で進行しようとしているようだ。日本の山は、ここ10年くらいで丸裸になりそうです。
101.8月19日安曇川長尾山中の気温、すごい寒い 2007-08-20 05:14:57 
安曇川長尾の山中、19日も変わらず最高で29℃ですが、
今日は午前中に28℃とやや下がりました。午後1時頃、久しぶりに雷雨となり、乾き切った大地や大木は大量の雨水を吸い込みました。森も大ジョッキで乾杯ですな。
温度は一旦27℃をわり、雨があがると蒸気によって蒸し暑くなり28℃まで戻りました。
その後3:30分頃にまた相当な雷雨で25℃をわり、蒸し暑さも解消しました。
夜はかなり寒く布団をしっかりかけて寝、翌朝は20℃まで下がりました。
「都会の猛暑の原因は、地球温暖化とコンクリートジャングルのせいであり、温暖化対策を実施しないといけない」という人がいますが、大きな勘違いをしています。都会の猛暑の原因は、都会の人間の愚かさ・怠惰さ・無責任さ・利己主義・油断にあるのです。人間自身の心に原因があるのです。勝手に、政治や科学技術とかのせいにしていませんか?
人間は欲張りで、「死んでもお金や贅沢を離しませんでした」となりかねません。
現代の日本や先進国家は、悪いと知りながら悪事を働き続けているのだと思います。悪いと知りながら悪事を働くというのは、典型的な堕落・崩壊の兆候です。そういう実証済みの最悪のライフスタイルや経済システムを後進国が「我々にも贅沢させろ」と先進国の真似をする動きが急速に活発になっています。
すでに地球環境問題は最悪・最終の段階に突入したというのに、新たにその実証済みの悪い行いを真似る巨大人口を有する中国やインドやブラジルなどの国が続々と出現しつつあるのです。「世に悪人の種は尽きまじ」ですね。
地球温暖化でクラゲ・ハリセンボン・鹿・鵜・・・・が大発生したから減らそうとしているのですが、本来は、悪事を働き続ける人間どもを退治しないと、都会の猛暑も解決しないというわけですな。退治されないように行いを改めることが大事なんです。「悪いと知って・悔改める」簡単かつ平凡なことですが、これが崩壊から自らや国や地球を救う唯一の道なのですがね。
例えば、次のような状況と同じで、人類はすでに、かなり危ない状況であることを認識すべきだと思っています。
@ブレーキやハンドルに明らかな異常があるのに直さずに走っている
A膨大な借金をかかえているのに贅沢三昧を続ける
B立派なこと言っているのに、影で悪行三昧
C悪いとわかっていながら麻薬に頼る
D重度の病気にかかっているのに、無理して仕事をしに会社に行く
E余命いくばくもないのに、懲りずに金儲けを求める
Fさんざやっておきながら、まだ女・博打・遊び・酒びたり
G災いが来そうだとわかっているのに、予知も予防もしない
H何度忠告しても、受け入れず、改めない
I喫煙・飲酒・夜更かし・・・生活悪習慣を直そうとしない
Jがんばる・成長・勝つ・・・なんてことを捨てきれずに、こだわり続ける
K社会や他人と同じことやっていないと不安又は我慢できない
まあ、歴史というのは栄枯盛衰が常ですから、観念する時期なのかもしれませんが、どんなに世の中が乱れようとも、その中で少なくとも自分だけは真面目に生きようと思っています。
都会の猛暑を、地球温暖化のせいや政治のせいにするのでなく「自分が何をなすべきか?自社が何をなすべきか?」を考えて欲しいですね。
@考え方を大きく転換する
A止めるべきことは、思い切って止める
B基本に戻る・昔に戻る
C成長神話・豊か神話を捨てる
D清く・正しく・美しく
E苦しみを甘んじて受ける(欲しがりません良くなる迄は)
F都会など、何でも集中を止める
G横並びを止める・すすんで他人と違う行動をする
Hリスク管理を充実する
I予防を重視し、けちらないで金かける
J逆転の発想をする
K政治・役所・会社依存・補助金依存を止める
もう山は確実に秋です。間もなく赤とんぼが飛ぶことでしょう。
100.8月18日安曇川長尾山中の気温 2007-08-18 15:32:19?
安曇川長尾の山中、昨日17日は最高温度29℃までになったが、18日は午前中は曇りで26℃とかなり涼しくかったが、午後から最高温度が29℃になった。時期的には、山はもう秋に入りかけているんですがね?秋の象徴である赤とんぼが1匹飛んでいました。
都会は来週から涼しくなるらしいですが、そうは言っても、まだまだ9月中は残暑が続くはずです。赤とんぼなんか飛ぶのは、まだまだずーっと先ですね。
日中どんな暑くても早朝の気温は毎日決まって23℃と安定しています。
ここ山中の真夜中〜早朝は涼しく、布団がないと肌寒さを感じるという毎日です。山では、自然自身が日々きちんと温度管理しているということが理解できます。都会で、気温の管理をぶちこわしているのは皆様:人間様達なんです。
草むらや林をなくし、道路は舗装し・自家用車を沢山走らせ・庭はなく・川なんか眼のかたきに暗渠にし・食べ物を残し・物を使い捨てし・家や建物はコンクリート・夏だというのに部屋は密閉し・じゃんじゃんクーラーかけて町というか地球を暖め・きちんとワイシャツと背広にネクタイ・猛暑の中スポーツ競技が全国で実施される・冷たい飲み物が売れ・冷蔵庫や洗濯機やシャワーもフル稼動だ。
もっと私のように山の中で、電気なんかほとんど使わずに、野良仕事と精神生活とビール一杯でもせい!
@夏も猛暑で家に引き篭もって、クーラー漬けならば、いっそのこと、夏休みと春休みを入れ替えろ
A夏の全国高校野球大会などスポーツ競技は中止しろ
B夏は時計を2時間ずらすサマータイム実施しろ(田舎は5時から野良仕事が常識)
Cアスファルト排除しやがれ
D公園を利用して、草むらや野菜畑を都会に復活しろ
E夏は都心での自家用車は禁止だ
F会社などで、徹底した薄着の法制化せい
G屋上緑化・壁面緑化・その他緑化誘導しないかん
H飲料自販機・ネオンサインなんか無駄は全部止めーい
I犬・猫ペット飼育・水道料・電力料・ガス代・ガソリンに環境税かけまくれ
J公共交通機関やバスの価格半値以下にせい(徴収した環境税を使用)
K山中での田舎暮らしの資金などの支援せいや
政治家も役人も会社も個人も都会の猛暑に、何もしないで手をこまねいている。本当にそんなんでいいのですか?
景気対策なんかどうでもいいんだ、環境対策・防災対策のほうが大事だということに気づくべきですよ。それにしても役立たずの税金泥棒の駄目政治家役人どもめ、おめえたち早よういんでまえ!
無能な政治家や役人に言う前に、会社も個人も大胆に・スピーデイーに良いことを手当たり次第実行していかないと、国どころか地球が滅ぼうとしているんですよ。
それにつけても、人間って奴は、馬鹿・呑気・怠惰・無責任・のろま・利己主義・怖さ知らず・お粗末・・・・ですかね!
政治家はやらないですね。今回安倍自民党が大敗しましたが、国民の人気取りが進むのは、むしろ非常に心配です。国民が反対しても地球環境問題や災害予防については積極的に真剣な対策をやってもらわないといけないのですが、多分環境税導入等は、後退しそうですね。国家財政破綻とあわせ、これら急務の大きな課題への思い切った対策がどんどん遅れることが心配です。
99.8月17日安曇川長尾山中の気温 2007-08-17 17:47:39 
安曇川長尾の山中、昨日16日は最高温度31℃まで上がってしまったが、今日は最高気温が29℃とほぼ山での常態に戻りホットしています。
また16日からは、秋風が吹き始めました。山は早くも、秋の気配なんです。今日は多分都会も1℃くらい下っているんだと想像しますが、山で29℃ということは、Tシャツに短パンですと暑さはほとんど感じません。まあ扇風機でも弱でかけておけば、暑さを意識せず精神集中でき、考える仕事も十分可能です。
5年前くらいから続く昨今の猛暑は自然のなすことでどこにも文句を言うわけにもいかない。気温がもし、人間のなすことであるとすれば、「やれ政治家が悪い」「やれ社会が悪い」と不平不満続出といったところでしょうが、夏の猛暑は、神様や自然のなす業なので殊勝にも、人間はおとなしく観念せざるを得ないようです。
人は、不満の言う相手が存在すれば、徹底してその相手を誹謗し責めたてるが、相手がいないよう場合であれば、しかたなく観念する。
まあこういう対応の仕方が人間の常識であります。
しかしこういう人間の長年身に染着いた他力本願的な態度はそろそろ危険なことになりつつある時代だと、私は考えています。
むしろ逆であって
●神様のやることに対しては「しょうがない」ではなく、なんとか自助努力して神様の怒りが収める努力をする
●人間の責任で起きたことは、当事者だけのせいにせず、自分も含めて自分ができる対策を講じる
昔に戻って、「自分自身で何とかする」という態度に舞い戻るべき時ではないかと思うのです。
「夏の猛暑は、文句言う相手がいないから、自分達の力ではどうしよもない、とりあえずクーラーをガンガンかけるさ」
というのは、そろそろ止めましょう。こういう考え方は非常に危険極まりないですよ。神や自然の怒りを倍増させるだけですよ。
×神の怒りが収まるまで待つ → ◎神の怒りを納めるように自分自身でなんとかする
ところが
神の怒りを納めようとするのではなく ⇒ 神の怒りをより増大するようなことをやってしまっているのであります
猛暑というものを貴方自身はどう捕らえ、どう行動しようとしていますか?
「まあどうにかなるさ」ですって、
残念ですが、どうにかはならないのであります。年々かなり深刻な状況を覚悟すべきなんであります。
98.8月15日安曇川長尾山中の気温 2007-08-16 08:24:32
今日は、安曇川長尾の山中でなんと最高気温が30℃になりました。さすが日本列島の暑さの影響が山中にまで及んできたのでしょう。いつもは29℃で、29℃であればまあまあですが、たった1℃でも30℃になると、ログハウスの中で風を通しても、少し動くと暑さを感じます。「30℃なんて羨ましい」ですと?山暮らしの私にとっては真夏の日中でも29℃が常識なんですがね。
今日は、昼間、バリバリ快晴であったので、やはり夜になってもいつものようには気温はなかなか下がりませんでしたが、さすが9時・10時となるにつれ、かえって気温は一気に下がり出しました。真夜中はいつもと同じように布団をかけて寝ていました。『有難し自然・有難し山の神様』
まあ29℃までが、人間が耐えられる夏の気温のようですね。28℃であれば風が少し吹けば、かなりましだということです。
今夏の都会での37℃とか40℃というのは体温以上になりますから、風呂に入っているのと同じ状況です。じっとしていても体温は上がてしまい熱中症になるのは当り前です。
昔私の幼少の頃は、道路は土でした・草むらが沢山ありました・家も木と紙と土でできていました・各家に庭があり・朝顔や草花を植え・夕方銭湯で汗を流し・・クーラーなんてなかった・すだれをかけ・水を撒き・部屋を開け放ち・浴衣やステテコ姿・家の前や庭に縁台に座って団扇なんてかっこでした。扇風機は贅沢品でした。
しかし夜も30℃なんてことになると、人間の作り出したという、かの有益な文明の利器(?)であるクーラーに頼るしかないようです→現実にここ数日クーラーはうなぎのぼりに売れているそうです→経済が活発になって良いですねー!→これって本当に喜ぶべきことなんですか?それとも非常に悲しむべき憂えるべきことなんですか?
”たかが猛暑”と侮るべからず、神様が人間に猛反省を促しているんですよ。何もしない貴方は神の意志を無視し、ひたすら「暑い・暑い」と繰り返し嘆く日々なんです。
97.8月13日山(安曇川長尾の山中)は涼しくなってきた 2007-08-13 18:45:13?
安曇川の山中は、夏でもさほど暑くはありませんが、8月13日は最高温度が28度と昨日までより1℃下がりました。29℃が1℃下がると体感温度はかなり涼しい。日の出も少しづつ遅くなり、日の入りも早くなっている、その分山は日一日を秋めいてくるように思います。
今日、都会は36.8℃ですって、これは百葉箱の中の温度ですから、家や町中は38〜42℃くらいだと思います、なんと10℃の差があるのです。そよ風の吹く山の28℃は暑さを感じないギリギリの温度ですが、それより10℃以上も高い猛暑なんて都会=熱帯だ。
山も夏ですから当然暑いですが、椅子に座ってテレビ見たりパソコンする時はさほどの暑さは感じません。
都会暮らしももうそろそろ見切り時ではありませんか?
96.平成19年8月10日安曇川山中「涼しいです・夜は寒いくらい」 2007-08-12 06:04:16? 
都会は35℃、38℃、炎天下や家の中は40℃以上だそうです。確かに京都の事務所や出張先はもう最悪の事態になりつつあります。
私の住む滋賀県安曇川の山中は、夏でも最高29℃最低(夜〜早朝)22℃ですから、夜は布団かけて寝ていますし日中も家の中は暑いという感じはありません。時々扇風機をかけるくらいです。
都会の方は、田舎は皆涼しいと考えているらしいが、そうではない。田舎でも平地では、日中は都会よりは1度、2度は低いかもしれないが、田舎だから涼しいということはない。場所によっては、田舎でも東京や大阪よりむしろ暑いのであります。
まあ偉そうに言う私めも、山の中に住むまでは「田舎はどこも=涼しい」と思っていたのであります。
それ以外に@田舎の人は田舎・山に暮らしているA田舎の人は田舎独特の暮らしをしているB田舎はどこも静かで空気も水もきれいなんて思っていました。琵琶湖畔の別荘地はかなり暑いそうです。
涼しい・静か・空気がきれい・自然なんてのは田舎でも山など、人があまり住まないような、それらしい場所に住むことが必要なんです。
私の住む安曇川町長尾の山中は、長尾の村落から山に入るのです。山は一体が森林で小川も流れているというような場所で、鬱蒼とした緑に囲まれ、人は全く見当たらず、一日の多くの時間をそよ風が吹いているのです。
こういう場所は、現地の田舎の人でも「ここは涼しいですねー」「ここは静かですねー」「ここは空気が美味しいですね」と言われるのです。
私は、「えー!この田舎現地人、何言ってるんだろう?」と思ったものです。「田舎者、田舎知らず」というものがあるんです。
私は京都に住んで驚いたことは「京都人の京都知らず」だったことです。東京出身の私のほうが京都の隅々まで知っていたのです。こういうことは最近かなり顕著になっていってます。
@日本人の日本知らず
A女の女知らず、男の男知らず
B政治家の政治知らず
・・・・・・・・・一番知ているはずの人が案外自分のことを何も知らなくなっているということです。
まあ都会では、今もヒートアイランド現象に深刻に悩んでいるし今後もますます深刻になっていくのですが、私は「都会人の馬鹿もん、山は涼しいーぞ」と言ってあげたい今日この頃です。夏の猛暑は地球温暖化がどうの、というよりもっと切実な問題になりつつあります。子供も大人も老人も一日中、深刻なクーラー依存になったり、原油・電力の高騰や停電なんかあったら音をあげ、うだるような暑さで死ぬ人も続出するでしょうね。
山の中は
@緑や枯葉が多い
A大量の木による保水
B日陰
C熱源ナシ
D常に風が吹く
E小川・水
Fログハウスの断熱効果
G土が温度を冷やす効果
Hコンクリートや金属が少ない
I木や葉や枯葉が太陽からの熱遮断
「都会のヒートアイランド」も他人事や安易な考えを捨て、涼しい場所への移住など、もっと真剣に対策をしておくべきだと思っています。
95.都会の真中に住むのが良いに決まっている症候群 2007-08-09 20:37:12
60歳後半のAさんご夫婦が、最近郊外の緑一杯の良い環境の地域から都会の真ん中に移り住まれた。
私はご存知かもしれませんが、京都(都会の真ん中)に事務所を置き、普段はびわ湖畔の安曇川の山の中で暮らしています。
私が、都会に住める場所がありながら、不便を忍んで、なおかつ田舎暮らしをする主な理由を3つあげると
 @空気や水や静寂さなど環境が非常に良く、健康に良い
 A万一都会が巨大地震・災害に見舞われた場合の疎開先
 B夏のヒートアイランド回避(年々悪化し我慢できない)
以上のような住環境を絶対的な必要条件としている私にしてみると、なぜAさんご夫婦は、わざわざ郊外のより環境の良い場所から都会の真中に引っ越すことが不可解なんです。
物事は何でもそうですが、
”あるものを得る”=”別のものを犠牲にする”
ということになるのです。この法則を無視すると思わぬ落とし穴にはまります。
実を言うと、都会に暮らすこと=郊外や田舎で暮らす利点を犠牲にしていることになるのです。
私は、20年前から、総合的に都会はリスキーだと、信じるようになっています。
Aさんご夫妻に、理由をお訊きすると次のようなことでした。
・数年前に病気をされた
・その後回復はしたがまだ心配な状態だ
・そこで大病院の近い都会の真ん中のマンションに引越した
なるほどそうですよね。私もAさんの立場でしたら多分そうしたかもしれません。
・年々歳をとっていく
・収入も頭うちだ
・体力や健康も年々自信がなくなる
・年老いた夫婦だから互いに看護の手間をかけられない
・万一病気して病院に通うのも遠方からだと大変だ
・人もいろいろなものが揃っている都会のほうがいざという場合対応し易い
高齢者が田舎に一人暮らすのは、それなりに”勇気と覚悟”が必要なのです。また「田舎に住む=都会に住む利点を犠牲にしている」のであります。
私も、湖西線のJR安曇川駅から15分くらいの比較的都会の近くではありますが、周辺に人が全く住まない山の中に住むからには、次のようなことを常に念頭において半分覚悟して生活しているのです。
・暮らしや行動には、一つ一つ細心の注意を払っている
・いざという場合へ携帯で連絡する
・しかし万一駄目な場合は痛みや死を覚悟する
さあ「都会で病院の隣に住む」のと「田舎の山の中でひっそり住む」のとどちらを貴方は選択しますか?
最終判断はそれぞれの人に任すしかないのですが、「都会の病院の近くに住む」ほうを選択する現代人が多いような気がします。買い物のため・遊びのため・人との付き合いのために・便利さのため・・・・・都会を選択する人が圧倒的多数であると思います。それぞれの人にはそれぞれの事情や考え方があるので、都会に住むことを否定するのではありません。
人間のそういう思考の傾向(都会の真中に住むのが良いに決まっている症候群)について見解を述べますと、やや飛躍する見解かもしれませんが、便利で豊かな現代社会においては、『本質的追求より、目先の利害優先』の傾向が強くなって行くことを懸念しています。
世の中が、便利・豊か・高齢化・効率主義・意欲の減退・・・によってますます人間は目先で安全な方・安易な方を選択してしまう傾向があるのです。
「隣に病院がある」ことを選択したが、水や空気の汚れた騒音の多い、一日中クーラーかけてコンクリートとアスファルトのジャングルでテレビ漬けで暮らすことがかえって人の健康や健康的な暮らし方を奪うということも十分ありえるのです。ヒートアイランドで昼は外に出られず夜もぐっすり眠れない、万一巨大地震や巨大災害に見舞われて、都会が大混乱になることもありえるのです。また中国のひどい大気汚染の影響やインフルエンザの蔓延に襲われることもありえるのです。
私の言いたいのは、得るものと失うもののバランスシートを作成し冷静に評価すべきだということです。だいたいそういうことを全くやらないで、都会が良いという結論を導き出してしまうことが良いかどうかということです。
都会を離れて田舎に移住することは、地球環境・資源の利用・健康・災害予防や対応上、非常に良いことなんです。しかし「都会の方が便利で・暮らし易いし、田舎に行くなんて今更面倒だ」という方が多いですね。
ことほど左様に物事はA案B案C案の”得るものと失うもの”を列挙して自己採点評価を実施した上で自分の責任で意志決定をすべきなんですが、現代人はそういうことをすべきなのにしないという大きな本質的なリスクを背負っているように思えてなりません。
勇気と覚悟と冷静な分析ですぞ
例えば、美人を見て”一目惚れ”だなんて駄目ですぞ!
都会の真中に住むのが良いに決まっている症候群、別名、美人は美人に決まっている症候群
89.私は、山奥のミミズを尊敬する 2007-07-13 22:39:12?|?森の暮らし
 誰を尊敬するかと訊かれたら、私は迷わずに「山奥のミミズを尊敬します」と言うでしょう
 ミミズは文句言わん・つまらんこと考えん・黙々と生きて・けな気に役立っている
 なぜかミミズを尊敬すると、心が大らかになる、安心する
 人なんか尊敬するのは、裏切られそうで何となく不安で、落ち着かない
 人はずる賢い・身勝手・屁理屈言う・嘘つく・裏切る・やたら修行なんかする
 そもそも、厳しい修行するなんてことが、人間の駄目さを表しているんだ
 歴史上の偉人だからと、無批判に信じていいものか?疑わしいもんだ
 とにかく人間は信用できんが、ミミズ師は安心して尊敬できる
 これでもまだ「尊敬するのは、人間じゃないのか」って訊きますか?
 お前さん、勝手に、いつまでも人間を尊敬していればいい
 人間が尊敬できないから、「誰を尊敬するか?」なんて、つまらんこと訊くんでしょ
 もし、世界中に尊敬する人間が多ければ、この世は確実に良くなるはずだが
 何故か、勲章を貰うような偉い人に従ってきたが、世の中は確実に悪くなっていく
 尊敬されるべき指導者層が、どんどん軽蔑の象徴に成り下がり、堕落して行く
 人間の世は、末世のような流れになっているじゃないか
 特に政治家・役人・先生は、山奥に入りミミズに遭ってみて欲しい
 人間は、真剣に、山奥のミミズに教えを請うべきだ
 人間は、山奥のミミズを師と仰ぎ、行いを改めなければならないのだ
 ミミズはすごいぞ、一匹残らず全部のミミズが、尊敬に値するんだから
 人間じゃ、せいぜい数えるほどしかいない、情けない
 人間なんか尊敬するな、尊敬に値するのなんか、いそうだが、いない
 下手に人間なんか尊敬していたら、自分自身も尊敬される人間にはなれない
64.安曇川長尾の山中での庭の大木伐採奮闘記 2006-12-10 22:44:28?|?森の暮らし
安曇川長尾の山中、昔30数年前多くの別荘族が買った土地も今やほったらかし、土日でも山中を訪れる人はごく僅か、土地の人も爺さん・婆さんばかりで山は誰も手入れはされていない。そういう中で、山に住んでいるのは都会出の私くらい。気にいっているから見捨てるわけにもいかず、ニョキニョキ大きくなったコナラ?の大木をどうにかしないといけなくなった。そこで今年秋、一念発起伐採をすることになった。しかし一体こんな大木の枝をどうしたら切れるのか?誰に頼むのか?お金は幾らかかるのか?技術的に一体できるのか?
そうしていよいよ地元の植木屋さんが、晩秋の仕事が閑散な時期を見計らって伐採してくれることになった。リフトトラックという作業車は不可欠のようで、その車が入れるのであれば可能だということになった。植木屋さんも、山のこんな大木を切るなんてことはそうざらにはないらしい。「まあ一度やってみましょう」「それならば1日でできる範囲で実験してみましょう」と話は一応まとまった。(本当にできるのかなー?というのが夏頃の実感だった)
昨晩からの雨を心配したが、どうやらあがり、朝8時過ぎリフトトラックが到着、工務店の横塚氏も応援に到着、早速戦闘開始。北側の道路にはみ出た大きな枝を切る作業から始める。(枝によって、BS放送がみえなくなったから)電線と電話線があるがトラックリフトだから線をよけながら作業は順調に進む。植木屋さんも「これならばいけそう」というような感じで、勢いがつく。私は目的の半分くらいがやっとできるかなーと素人考えしていたが、どんどん仕事は捗っていく。おおよそ木8本分くらいの枝を次々落とし昼休みも1時間とって午後4時頃明るいうちに終了した。
落ちた枝の処理も手間がかかるが、2人で順次片付け、まあそこそこ始末できた。1人が枝を細かくし、もう1人が片付けるという感じですかね。リフトトラックで切る人を含めて、合計3人が必要でした。
まあ木が4本くらいであれば2人でもいけますかね。また片付ける場所が周囲にない場合は、トラックに載せ廃棄物処分しますから手間も費用もまた追加になりますがね。
まあこういうふうにして、滋賀の山の中で男3人の実験は無事・成功裏に終わりました。日本の大半の山は、管理放棄のために木は伸び放題ですが、これは森の木の寿命が短いことを意味します。森は今、ひょろながい痩せこけた多くの木が密集していますから、そのうち一斉に虫の害や風雪の害などによって、ある年突然一瞬にして、一時の松みたいに大規模に枯れる運命にあるのでしょう。
今回の庭の木程度でも、大の男が3人、費用も15〜20万円かかるのですから、日本の山全部を考えると、相当多くのせいぜい58歳くらいまでの男性ボランテイアかなんかにやってもらはない限り不可能なことです。
ところで、最近山に住む都会の方も増えていますが、くれぐれもログハウスなんか建てる場合、庭の木は事前に切っておくことをお勧めします。庭にはあまり高くなる木や折れ易い木は排除しておくことですね。多くの人が、大木を庭や家の周辺に残して家を建て、あとで後悔するのです。
●薪が大量にできましたいりませんか090−6750−7889安曇川長尾村上和隆まで(椎茸の原木には不適切だということです)
●湖西、安曇川近辺で山の大木の枝を切りたい方は、murakami@meico.org村上和隆までどうぞ、道路にリフトトラックが入ることが条件
7月3日私の田舎暮らしが記事に 2006-07-01 21:37:42?|?森の暮らし
私の田舎暮らしが記事にのるのだそうです。
・夕刊フジ
・7月3日
・田舎暮らし
・ご期待はどうか?
※買うのはご勝手
35.山と都会を往復していて今年は何故か異常だ、私は不気味ささえ感じる 2006-06-29 10:46:05?|?森の暮らし
@冬はとてつもなく雪が多かった
A桜が遅かった、その後も全般的に花の開花が1〜2カ月遅れている
B6月末なのにサツキが咲いている
C山では今年は木が例年になく異常に多くの葉を茂らしている
Dその他例えば、山では、モグラが激減した
E降雨が多い場所がある一方、空梅雨の地域がある
F山では、杉花粉や檜の花粉がほとんどなかった
G山では日照が少ない
H株価が異常に急落したが、それほど混乱してない
I地震雲の発生やカラスが鳴きわめくことが増えている(昨年から)
J昨年から鹿が増え、草木の芽をやたら食い荒らす
K小泉首相が辞め、政治やその他増税や負担増などいろいろ変わる
※ここにあげてない異常現象は、各地でもいろいろな形で増加しているのです。
私の全く勝手な印象であり、観測ですが、あとで振り返ってみた時に次のようになるような気がします。(注:私は占い師ではありませんので、時期や状況はややずれるかもしれませんがお許し下さい)
災害や大きな事件が起きると、後で「そう言えば何かそういう不気味な予感がした」なんていうことが多いのです。最近はそういう第六感が衰えていますが、やはり何か前兆現象というものはあるものです。
 ◎ 今年については、結果的に全般的に経済も社会もかなり良い年になるのではないかと思います。(長年の節約から開放され、久々まとまったお金を使う1年でしょう)
 ■ しかし来年平成19年は中頃以降ひょっとして最悪の年になるような予感がします。(注:単なる村上和隆の予感に過ぎません)
   ⇒今年はいろいろな面で例年になく周囲を見直し、備える時期であるように思います。
      (どういうことが起きるかは私は特定できません、人それぞれ最悪の状況を予想するしかありません)
あくまで凡人である私の直感です。ご判断は皆様におまかせします。私は勝手にそう思いそういう行動を開始しかけています。今年は、何だかだと凶悪事件や想像を超えたけしからんやからの出没などがあるのですが、むしろ総じて良い結果になるような気がしています。「なんだ過剰に心配していたがむしろ結果はすごく良かったじゃないか、これからはあまり心配し過ぎないで、自信をもってはりきってやって行こう」そういう楽観ムードや油断が蔓延しかけたまさにその直後に、皮肉にも、とんでもない最悪の事態が起きることが歴史上多いのです。
まあ勝手な村上和隆のつぶやき、独り言、ぼやきに過ぎませんが、そういう感じ方を時々持つことも大切なんではないでしょうか?
「災害は、忘れた頃にやってくる」「油断大敵火がぼうぼう」と昔から言うじゃありませんか?なにか良くなって行く時こそゆとりがあるのですから、慎重さを取り戻すべきです。
会社を定年退職した、そういう時は1〜2年自重し、身体を休養し、健康診断し、家内全般を見直すような慎重さやゆとりが大切なんです。
よくあるケースですが、「さあ退職した海外旅行だ、好きな趣味をやるぞー、家も建て直すぞー」、そして1年後「お可哀想に、お亡くなりになりました」とか「重病で寝たきりになりました」なんてことになるんです。
来年後半以降予想されること。私にもよくわかりませんが、
@巨大地震
A巨大洪水
B大型地すべりの頻発
C超大雪
D日照り・大旱魃
E大規模黄砂・花粉症
F増税・災害負担増加
G災害による大都会の崩壊
H社会不安・凶悪犯罪増加
I通信をはじめインフラの崩壊
J企業活動の停止・大混乱・経済失速
K更なる国家財政破綻
当然、何もないことを願いますが、高齢化や介護負担が急増する中で財政建て直しをしようとしていますが、かなり思い切ったことを早急に実施しておかないと以上のような緊急事態が起きれば、「日本沈没」は現実のものになり、財政建て直しどころか国家の存続やその日の生活さえ危うくなることを危惧するのは私だけでしょうか?
消費税増税なんかも、やり方には工夫が必要ですが、末期癌のように、更に状況を悪くするのを待つのはナンセンスです。むしろ今すぐにもやるべきではないのでしょうか?状況の良い時に問題の根を絶つことが早急に求められているのではないでしょうか?小さな政府・業務の大幅効率化・役人の削減・軍備費など不急のものを大幅カットしてでも財政建て直しを急がないと災害や事故やテロや世界的経済不況などは待ってくれません。小泉さんは良くやったという一部の人々がおられるようですが、百歩譲って、小泉さんが良くやったとしても、あくまで最悪の過去に比べての話であって、総合的な実態は小泉さんが首相になる前とそう変わっていません、というか、むしろ日に日に悪化していると言うべきかもしれません。
政治家とか役人というのは、無能かつ不誠実・無責任極まりない存在ですが、それだったら他の政党や政治家がやったら良くなるかと言うと、小泉さんなんか、まだましなほうかもしれません。政治家や役人には有能とか誠実なんて言葉は当てはまらないのです。少しましかどうかという程度の評価しかないのです。それほど人民のために政治をやったリーダーなってのは、歴史上もごく稀で、人民の犠牲を強いる政治家がほとんどなんです。そういう認識を持って、極小の政府・役所に切り替えないと、更に事態は悪化するだけで、無能で不誠実な政治家や役人の好きなようにされるだけです。
政治家や役人とは、
@もっとも無能であり
Aもっとも出鱈目であり
Bもっとも無責任であり
Cもっとも不正を働き
Dもっとも信頼できない
のですから。
日本は、世界に類稀な有能な国民が沢山いるというのに、政治家と役人と自然災害がこの国を駄目にし、崩壊へと導く恐れが来年、身近に迫っていると直感している今日この頃の私です。
まあ世界稀に見る優れた日本であっても、当面夢はなく、とてつもない災害や事件・事故や災いの恐怖だけがある厳しい時代ということですね。来年がその年にならないことを祈るだけですが、祈るだけでは駄目ですよね。何らかの行動を今年中にやっておかないとね!!
29.異常繁殖した鹿や猿や猪等の始末:増えたらタイムリーに減らす 2006-06-02 14:42:21?|?森の暮らし
最近滋賀をはじめ全国各地で村落や町中に鹿や猿や猪や熊が降りてきて悪さをするという報道を聞くことが多くなりました。そういう野山に住む動物の被害というのは、実際に被害にあったことがない人には、到底理解できないような頭に来る出来事なんです。
私の住む安曇川長尾でも、最近特に、年々頭に来ることが多くなっています。ということは山には、腹をすかしやせ細った生き物が増え過ぎており、森ではやせ細った病気にかかった木が増え過ぎているということなんです。
@猪があの牙で土や木を掘り返す(なんだ、誰だ、すげーてな感じです)
Aやっと花が咲く紫陽花などの花芽をある夜、一斉に全部食い荒らす(なんだよもう少し待ってくれよ)
B桜の木の皮を食い荒らす(少しは考えろよ、かわいそうに桜は死んだぜ)
C野菜を猿が食い荒らす(柵をしてもさあ食べごろという前日に根こそぎ、荒らしまくる血も涙もねーのかよ)
まあ、あいつら、わざわざ、よりによって良い時期に食い荒らすんだが、でも怒りのもって行き場がない。
そこで被害にあっている住民達は、それらの生き物を減らすため、追い散らすために、生け捕りや殺すことを希望するのですが、法律の壁によってそれが許されないのです。もっとも簡単に捕る殺すと言っても、それをやる人間がいないんだから手遅れなんだが。
このままだと、いい加減にしてくれ、もう畑作らねーぞ、田舎や山付近には住まねーぞ、そのうち都会の真ん中まで生き物が来ても知らねーぞ。「もういい、勝てにしやがれ」となるしかないでしょうね。
その上、動物愛護団体なんていう人が地元までわざわざ来て「生き物を殺してはならない」なんて言うのです。
環境問題というのは、バランスであって生き物を殺すも殺さないも、大事なことは、しごく当然な原理・原則なんですが、バランスを回復することなんです。増え過ぎたら早めに間引かないと生き物にとっても人間にとっても、取り返しのできない大きな不幸が襲ってくるのです。実は「生き物の数を減らしてくれ」と切望しているのは他ならない生き物達自身なんです。
そういう例は過去沢山あります。大事なことは闇雲な動物保護ではなく、生態系バランスなんです。生態系バランスを正しく理解していないと環境問題はかえって最悪の事態になってしまうのです。
廃棄物が多過ぎるんです。減らさないといけないのです。でも廃棄物をリサイクルすることが凄く良いことのように言われ、信じ込まされてしまうんです。
森の現状を正しく知らない政治家・環境担当の役人ども・有識者は、「森に木を植えよう」なんて馬鹿なことを言っているのですが、森の現状を知っている人はむしろ「木を切れ(間引け)」なんです。昔戦後復興時に、林業の方達が間引きを前提に倍の密度で木を植えてきた結果なのです。
都会からたまたまやってきたガキどもや奥さんが木の苗木を植えて「私は環境に良いことした」なんて言って帰っていくんです。お前達間引きするために山に登ってきたんじゃないんか?間引くべきところが間引きしないために、森に日がささず、木は日を求めて、木同士が競ってひょろひょろ伸びるだけで、どんどん元気を失って行くのです。
このまま早く木を切らないと、森は一瞬にして崖くづれや一斉に枯れるはずです。
生き物も同様です、鹿が村落や町に下りてくる理由は、
@生き物が増え過ぎた
A食べるものが相対的に減ることになる
B山の木が弱って木の実や果実が減った
C鹿などはやせ細って大きく育たなくなった
生き物も木も多くなり過ぎて限界まで弱っているのです。食べ物がない、そこで町に下りてきて、必死になって命がけで人間に危害を加えても食べ物をあさるのです。
「鯨を捕ってはならない、鯨は頭が良いから」と馬鹿なことを真剣に言う英米の国の動物保護団体があります。しかしこのまま放置すれば、当然の結果として、ブラックバスのように巨大な鯨が増え、小魚を食べ尽くすことになるのです。そしてそのうち鯨自身も餌不足になって発育不全になるのです。
現代は、あちこちで、バランスを大きく崩しているというのに、法律の壁や動物保護団体や事情を知らない政治家や都会育ちの役人や学者さんが、それが良いことのように言っているのです。
「動物保護、植林が環境にやさしい」なんてのは、幻想に過ぎません。世の中もそうですが、特に自然というのはバランスをとるシステムであることを努々忘れてはなりません。
異常繁殖した鹿や猿や猪等の始末、増えたものはタイムリーに減らすことなんです。減ったものはタイムリーに増やすことなんです。どちらが良いどちらが悪いなんて論争は愚かしい限りです。山に住む私達の実感は、もうすでに手遅れな感じなんですが、多分そんな思い切った処置はいつ迄たっても、なされないでしょうね。だって生き物を殺すなんてことを政治家は、選挙に差し支えるので、言いたくありませんからね。
でも生き物の異常繁殖は、他人ごとでもないし、笑ってすますことではありません、早めに真剣にやっておかないとえらいことになります。こういうことは、情に流され、いい加減な気持ちで、タイムリーにきんちんとやっておかないと、悪循環に陥り、山自体の崩壊につながる恐れもあり、今ならまだできる範囲ですが、手遅れになると、後年大きな後悔をすることになるのです。
24.森林がギブアップ、山の木々の悲痛な悲鳴に耳を貸さんと危ない 2006-05-07 11:13:24?
時は35年ぶりの全国的な大雪のあとのゴールデンウィーク新緑を遠めで見て「きれいね」なんて言って喜んでいますが、山の実態はそれとは全く逆で、木々が悲壮な悲鳴をあげているということがおわかりでしょうか?「山のことなんか知るもんか」「山に行く暇も金もないさ」多分ほとんどの国民は、有識者、政治家や役人を含めてそうなんでしょうね。
今の時代の日本の最重要課題は何でしょう?貴方のお答えは?
私でしたら、即座に「地球環境の崩壊です。特に山です」と答えます。
一般の人は、地球環境問題をその影響で評価する傾向があります。
どういう影響を及ぼしているか?人間はどう困っているか?という具合です。しかしこういう考え方は大きな間違いです。
今日は皆様がゾーとするようなことをお話するつもりです。地球環境問題以外のもろもろの課題も、末期的ではありますが、そういう問題は崩壊しても将来建て直しが可能ですが、地球環境問題がトコトン行き着くところまで崩壊するということは、人類の全滅をも意味するのです。
地球環境の状況を10点評価で1が一番環境が良い10点が最悪の状況とすると、現在の状況は、8点くらいのところまで来ていると言えます。
癌に例えると、末期癌が検査で見つかったが、もう手の施しようがない、効果は期待できないが、一応気休めに治療だけするというステージにいるんです。現代人の私達は、こういう認識がなく、「まだ大したことはない」と思っている救いがたい患者なんです。
地球環境の末期的な兆候はあちこちにあり、テレビなどで沢山報じられていますから、「これは大変だ」「自分のエゴを辞めよう」と思うはずなんですが、どうもそうはなっていないのです。「自分は、今のところ何も環境の影響を受けちゃいない」というわけなんです。こういうことは、「癌が増えているが、俺だけは癌にはならん」みたいな甘くかつ危険な考えなんです。
私は山に住んでいます。庭には大きな木がど真ん中に威風堂々と枝を張っています。夏はさわやかな緑と日陰を作り涼しさを提供してくれます。裏庭の木も同様に威風堂々と茂っています。こういう元気な木の状況は本来当り前の姿なんです。
ところが、木が鬱蒼と茂る家の前の林に目を転じると、
@木の背が皆高い
A枯れている木が目立つ
B木に元気がない
C栗のような実のなる木は、年々実が小さく、収穫が少ない
D道路際の木はそれでも多く葉を繁らせている
E道路際の木は陽を求めて、道路側に木の姿勢が大きく曲がり、大きくせり出してくる
F現代日本では、山のふもとに山の木を必要とする人が全くいない
G山のふもとには腰の曲がった高齢者しかいない
H山は来る人もなく、全体が当然管理されていない
I別荘地で土地を買った人も家をたてず管理もしない
J山は増えすぎた木々の悲鳴で充満している「助けてくれ・なんとかしてくれ」
Kでも日本の山を全部管理するのは物理的・経済的に不可能となっている
L山は生き物も増え過ぎ、木々の目や皮や畑の作物を食い荒らす
M弱った木々に害虫や病原菌は大喜びで蔓延る
Nまた蔓性植物や外来種など強い植物が勢力を伸ばす
O地面にはミミズが増え、モグラが繁殖する
P木の根っこは空洞になり、ただでも弱い木は雪や台風で突然倒れる
Q国も地方にも金がない、里山や森林の管理は後回し
Rやがて数年で日本の山は、とんでもなく崩壊する
S洪水や崖崩れが起きる、村や町の住民や漁村にも被害が及ぶ
21災害などによる被害が個人や市町村の財政を更に圧迫する
22山だけでなく流域の都会の環境は根本的に益々悪化する
都会の人が時々山に来て、大気汚染や水質汚染やごみを落としていくだけなんですが、せっかく山に入ったら、是非そういう山の木の悲惨な状況を観察し、木々の悲鳴を真摯に聞いてやって欲しいのです。木々の悲鳴は明日には人間(子孫)の悲鳴に変わっていくはずです。人間は、工業中心社会の理念というものを、そろそろ根本から捨てる時期に来ているのかもしれない。今森林の管理に手間と金をかけないと国が危ない。日本は緑豊かな国ではないのです。車窓から遠めに山を見る人は、緑の木を見て、「日本は緑豊かな国だ」と思うがとんでもない誤解・認識違いなんです。がん患者や高齢者であふれる病院を外から見ているようなものなんです。病院の中に踏み込んでご覧なさい。顕在的な病人だけでなく潜在的な病人が異常に増えているのです。
第二次戦争ではないですが、今日本の山は、国家非常事態になっているのです。金も人手もないのであれば、例えば、高校生以上参加できる人は全員、平和学徒出陣し、山の木を計画的に間引きし手入れすることが必要だと思います。今は、高校野球やサッカーなんかにうつつを抜かしている場合ではないのです。「欲しがりません、山が健康になるまでは」日本の山の木は、もうそろそろ手遅れになる一歩手前なんです。
地球温暖化・氷河融解・森林伐採・砂漠化・大洪水や自然災害多発などにより
@気候変動A生態系変動B地形変動C生活変動D収穫変動E管理変動など色々な変化・変動を来しています。
そういう状況の変動は大戦争が起きたのと全く同じこと、否もっと危険な事態になっているんだと思いませんか?
地球環境問題は、
@広い視野で
A合理性をもって
B国民全員参加で
C根本的な対策の実施
D自然の環境の抜本的回復を優先
Eもう待てないぎりぎりの状況の認識
F真面目に愚直に謙虚にやる
G環境悪化の根本は山と都市が鍵握る
H末期癌だから仕事止めても病気を治す
I一人一人の個人的な問題や痛みは各自が耐える
J個人の一人一人我がままを満たすべきか、地球環境を回復すべきか?
K地球環境が人間を生かしてくれていること(大恩人)を思い出せ
贅沢な話ですが、日本人にとって日本の山は価値がなくなり、地主も自治体も国家も見放し、ほとんどが管理されていませんから、急速に廃墟になりかけているのです。
要するに、日本の山は、誰からも見捨てられたのです。
ぎゅうぎゅう詰めの超満員のラッシュ時間の通勤電車と同じ状況なんです。違うことは山の場合は、ぎゅうぎゅう詰めの状況を誰も重要問題視していないことなんです。また山の場合は、少しづつ木が枯れるのではなく、ある時に一斉に木が枯れたり、崖崩れ山崩れになる心配があるんです。そういう兆候は山の中に住んでいる私のような者にはあちこちに見受けられます。
今の時代は、地元の人も年金や自分の健康には感心があっても、山のことなんか見ちゃいません。山の木については、現実にあまり困っている人がいないのです。最近、猿や猪や熊で少しは困っていますが、それは木に対してではありません。しかし獣が町に出没するのも山の木の荒廃に関係があるのですが。
山は、重病の患者の木ばかりということなんです。人と自然の共生というのは、人が山に入って管理してやるということであり、お互いの弱点を補い合う関係なんです。ところが今は人も山もお互いに弱ってしまい、助け合うこともままならず、互いに更に弱り続け崩壊を待つだけとなっているように思います。問題が山積していて、いろいろ社会的な政策を手当たり次第やるのは良いのですが、本来やるべきことを間違っていませんか?
環境が悪化する⇒生き物が弱る⇒更に環境が悪化する⇒生き物が更に弱る⇒・・・・・・・・
弱るということはそういうことなんでしょうね。「弱り目に祟り目」ですかね
どちらにしろ森林をこのまま放置しておくのでしょうか?大事なことは、町の環境より山の環境なんですよ。豊かで便利な暮らしに慣れた環境省の素人役人や政治家は、本質が理解できていないし、私腹を肥やすことを考えているだけなんです。日本が滅んでも、世界が滅んでも、地球が滅んでも、子孫がどうなろうと、お構いなしなんですかね?
いいですか、こんなことでは、子供を生んでも子供達が可哀想です。だって山が枯れ、浄化作用がなくなり汚染された川も湖も海もクラゲやハリセンボンや漂着ゴミばかりが増え、珊瑚は死に、魚介の収穫は減る一方の暗い未来しかないのですから。
環境汚染・環境崩壊問題は日本だけでなく、急速な経済発展している中国や東南アジアでは、むしろ日本より早く環境問題によって日本より大きく崩壊するはずです。こういう国の政治家・役人・国民は日本以上に地球環境問題なんか真剣に考えていません。
そういう面で日本は地球環境問題に思い切った施策とお金の使い方をして世界にお手本を見せてあげて欲しいですね。でもいくら言っても指導者達は誰も何もしない、「地球環境問題より重要なことが沢山ある」とでも言うのですかね?
誠に残念ですが「もう何も知らない」と言っている場合ではないのですがね?
専門家の皆様のご教示をお願いします。「日本の山は、このままで大丈夫なんですか?」


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